【Deep Insight】(27) ヒト再創造で“断絶”越える

『フラット化する世界』等の著作で知られるアメリカのコラムニスト、トーマス・フリードマン氏。近著の『Thank you for being late(遅刻してくれてありがとう)』は、この秋に日本語翻訳版が出る。そこで取り上げているテーマは、人工知能(AI)等“disruptive(破壊的)”と呼ばれる技術が齎す経済や社会の変化だ。約束に“遅刻した”のは取材先である。何がありがたかったかといえば、フリードマン氏はホテルのロビーで待つ間に、「近くにいた赤の他人が興味深い会話をしていたのが聞こえてきた。世界中で起きている様々なことを考えつつ、頭の中を整理することもできた」のだという。同氏によれば、技術が社会を一変させた時期、所謂“disruption(断絶)”の始まりは2007年だった。『Apple』がスマートフォン(スマホ)の『iPhone』、『Google』がスマホ用基本ソフト(OS)の『アンドロイド』を世に送り出した年だ。モバイル端末によるデータトラフィック(通信量)はそれ以降、2014年までに「10万%増(約1000倍)になった」と試算する。やって来たのが、インターネットに繋がる全てのデータ、モノ、カネの動きが「急加速(accelerations)する時代」である。興味深いのが、「最も影響を受けた存在」の1つとして登場するアメリカの電話会社『AT&T』の話だろう。友人でもあるというランドール・スティーブンソンCEOが、固定電話等“ケーブル事業”に偏った同社の未来に危機感を覚え、28万人いた従業員に再教育(reskill)を始めたのが、就任早々の2008年。その経緯と現状を随所に織り込んでいる。AT&Tは、トーマス・エジソンと共に19世紀を代表する発明家のアレクサンダー・グラハム・ベルによる『ベル電話会社』が前身だ。アメリカの電信・電話インフラを築き、“マ・ベル(母なる電話会社)”と呼ばれて尊敬も集めたが、21世紀に入り、急激な技術の陳腐化・風化に苦しむ。デジタル化の波に呑まれて破綻した写真フィルムの覇者『イーストマンコダック』と同じ運命を辿る懸念もあった。クラウドエンジニアにデータサイエンティスト…。インターネットやモバイル事業に重心移動をするには、そうした技術者・技能者が必要だったが、技能の高い人材は人件費が高い上、Googleや『Amazon.com』に吸い寄せられる確率も高かった。そこで進めたのが、今いる社員――多くは固定電話のインフラ設計やメンテナンス等に従事する人材を鍛え直すことだった。同社は衛星放送の『ディレクTV』や『タイムワーナー』等の大型買収も進めたが、その一方で、社員の能力開発プログラムや学費補助に年間2億5000万ドル(約275億円)を使う。

例えば、インターネット上に社員向けの変革ツールを立ち上げ、各人の技量を定量化したり、新しい仕事の要件を満たす為に獲得すべき技能を明示したりする。技能を伸ばす為のeラーニング・研修機関等を提案することも可能だ。大半の社員は再トレーニングに週5~10時間を費やし、2016年5月までに延べ180万以上の新技術講座を受けた。その多くはオンライン。生徒は月200ドルで無制限に受講でき、修了すると半額を会社から返してもらえる。ジョージア工科大学等と共同で、コンピューター工学の公認オンライン修士号を授けるプログラムも設けた。費用はキャンパスで受講する場合の15%で済ませられるという。AT&Tはダウ平均の指標銘柄から2年前に外れ、時代の最先端企業ではなくなった。だが、足元の業績は好調で、株式時価総額も世界18位(※先月末)。「再教育に早くから気付いたことで、活力を持続できている」と、日本法人『AT&Tジャパン』(東京都港区)の岡学社長は話す。岡氏によれば、最も変化したのは“スピードや効率”だと言う。ここ2年ほどで同社は製品開発サイクルを4割短縮し、収益を上げるまでの時間も3割スピードアップした。あるサービス事業では、170ヵ国・地域以上に広げるのに半年と従来の半分に圧縮できた。興味深いのは、再教育を自由意思にした点だ。勉強するのはプライベートな時間。自腹も一部切らなければならず、応じるかどうかは本人次第だ。だが、「あと10年・20年働きたい」と考える人は自己変革意識が高まり、色々な気付きも得られる。フリードマン氏風に言えば、「GoogleやAmazonの社員より遅れたが、時代の流れに間に合うことができた。ありがとう」という好循環ができる訳だ。重要なのは2つだ。1つは、伝統的企業が人員削減をせずに反撃する雛型を作りつつあるということ。もう1つは、企業の盛衰は社員次第ということだろう。“企業価値の向上”とよく言うが、それを担うのは社員だ。ところが、会社の健康状態や競争力を表す貸借対照表(バランスシート)は、設備・建物・特許権といった有形無形のモノ(資産)とカネ(負債)で成り立ち、ヒトは物差しの外にいる。企業は“株主利益の極大化を目指す営利装置”だが、ヒトが変わらなければdisruptionは泳ぎ切れない。時代の先端を行くGoogleも、勤務中の食事はタダにする等、共同体的運営で優秀な頭脳を集め、知の資本を重んじる姿勢を打ち出す。モノ、カネとしての企業価値を追求してきたアメリカで、ヒトの価値の“再創造”に焦点を当てるAT&Tの取り組みにも、多くのヒントが隠れている筈である。 (本社コメンテーター 中山淳史)


⦿日本経済新聞 2017年6月7日付掲載⦿
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