【オトナの形を語ろう】(31) 快楽だけを追い求め続けたある男との出会い

セックスの快楽について、もう少し話をしよう。ある男の話から始めよう。Kに初めて逢ったのは、今から三十数年前、東京の新宿から近い幡ヶ谷の商店街にある喫茶店だった。その日、その喫茶店で同人誌の会合をしていて、友人に誘われて出席したのだが、どこやらの大学の教授という男が訳のわからぬ文学の話をしているのを見て、未だ青二才だった私はうんざりして、途中で席を立った。店を出て歩き出すと、後ろから男が1人追い駆けて来た。「お~い、待ってくれよ」。振りむくと見知らぬ男で、私はまた歩き出した。「お~い、待ってくれって」。私は立ち止まって男を見た。見覚えが無かった。「俺も今の会合に出ていたんだが、何を言ってるかさっぱりで、イイ女もいなかったし、お前さんが立ったんで俺もそうしたんだ」「何か用か?」「そうつれなくするな。少し時間があるので、その辺りで一杯どうかと思ってな…」。相手のぶっきら棒な物言いに人柄が見え隠れした気がして、飲み屋に寄って少し話をした。「よく行くのかい。ああいう会合には?」「いや、初めてだ」「ほう、初めてで席を立ったのか。いや、わかるよ。あのどこかの教授とかいう男、明らかにパチモンだしな」。――関西出身か…。

関西では、贋物のことを“パチモン”と言う。その贋物が人を形容することにも使われ、三流・四流のどうしようもない人間を指して呼ぶ。「あんたは小説をやるのかい?」「いや」「俺は小説なんぞ読んだこともないし、興味もない。俺はあそこに女を探しに行ったんだ」。――女を? 「あの会の幹事をやっている野郎に、俺のダチが金を貸している。その利息代わりに女を物色しに行ったんだ」。そんなことがあるのかと思ったが、男の話は強ち嘘でもないように思えた。「“文学少女”ってのに逢ってみたかったのよ。そういう女とやってみるのも面白いかと思ってな」。私は苦笑した。どこまでが本気で、どこまでが冗談かわからなかった。「あんたは、その文学少女とやったことはあるかね?」。私が首を横に振ると、男は驚いたように目を丸くした。「じゃ、何をしに行ったんだ?」。私は笑いながら応えた。「ノコノコ出かけてバカなことをした…」「全くだ…」。それっきり、男は口を噤んだ。「あんたの顔を見た時、同じ穴のムジナだと思ったんだが、外れていたかもしれない。まぁ、そんなことはどうでもいい。俺は、野郎には興味がないしな」。その時は気付かなかったが、このKという男とクサレ縁のように何年かの間、関わりを持つようになって、Kが言った。“同じ穴のムジナ”の意味が、“セックスの快楽だけを求めてうろつく男”のことだとわかった。

その日はそれで別れたが、連絡先を教えておいたので、数日後に連絡があり、私たちは錦糸町の馬券売り場裏の鮨屋で待ち合わせた。「よう、来てくれたか。嬉しいぜ」。Kの物言いには、少しやさぐれたような言葉の使い方があったが、「根は悪くない男だ」と前回わかっていた。鮨で一杯やっている時、Kが耳元で囁いた。「俺のうろつき方を見てみないか? 結構面白いぜ」。“うろつき方”が女の漁り方のことを言っているのだとわかった。「一軒行こうや。ところで、あんた名前は? 何をやっているんだ?」「何もやっていない」「プータローか。そりゃラクでイイナ」。Kは、「個人で保険屋をしている」と言った。連れ立って入った店は、ハコの大きなキャバレーだった。「お客さん、どなたかご指名は?」「あのテーブルの右に座っている赤い服の女を呼べ」「少し時間がかかりますが」「つべこべ言わずに呼ぶんだ」。Kは従業員に素早く金を握らせた。店に入ってテーブルに着くまで、ものの5分も経っていなかった。「ありゃイイ女だ」。私は少し感動した。たとえ、その女が良かろうが、そうでなかろうが、どうでもいいと思った。赤いドレスの女が席に来て、狼の目でもなく、蛇の目でもなく、ごく普通の表情をして話しているKを見て、私は自分の性に対する考えが問われている気がした。2人で旅へ行くようになり、折り合わせた地元の男が「助平が何を言いやがる」とかかって来た時、Kはこう言い切った。「何を言いやがる。女とやる。それ以外に男が考えることがあるのかよ? 御託並べやがって」。――「イイ男だな」と、私は正直思った。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』(集英社)。


キャプチャ  2017年7月10日号掲載




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