『加計学園』問題異聞、獣医師不足という“虚構”――問題の本質は“不足”ではなく“偏在”だ

20170704 08
新緑が美しいパリ。先月21日の昼下がりに、モンソー公園北側の豪邸に約800人の紳士淑女が吸い込まれていく。『国際獣疫事務局(OIE)』の年次総会に参加する為、世界180ヵ国・地域から集まった“Vet.(ヴェット)”たちだ。畜産業の歴史が浅い日本では想像できないかもしれないが、英語で獣医師(ヴェテリナリアン)を意味するVet.は、“Dr.(ドクター)”と同格か、それ以上の社会的な地位が認められている。学識・人格共に優れたエリートとして尊敬されるのだ。口蹄疫等家畜の伝染病は、各国経済に破滅的な大打撃を与える。陸続きのヨーロッパでは、各国が協調しなくては家畜伝染病を防げない。外交大国のフランスで獣医学が発展したのは偶然ではない。ヴェットの本拠であるOIEは、1924年に28ヵ国で発足した歴史ある国際機関だ。『世界保健機関(WHO)』の家畜版と説明されることが多いが、陸上動物だけでなく、魚類から蜂等の昆虫まで情報を収集・分析する。『世界貿易機関(WTO)』が発足した1995年以降は、食肉等の衛生基準の策定や家畜伝染病の発生・清浄化判定等の面で、通商上の役割が強まった。牛海綿状脳症(BSE)の流行が終息した後も、口蹄疫や鳥インフルエンザの流行が相次ぎ、その重要性は高まるばかりだ。2001年春に日本で初のBSE発生の第一報を伝えたのは、フランスの通信社『AFP』のパリ発だった。恐らく、情報源はOIEだろう。当時、日本の農林水産省は、この大ニュースを全面否定。国内では殆ど報道されないまま、約半年後の9月10日に千葉県でBSE感染牛が確認されるという大失態を招いた。日本の獣医学、特に伝染病を予防する公衆衛生分野の水準は、欧米の畜産大国と比べれば月とスッポン、大人と子供ほどの違いがあることが露呈した。

更に、2010年に宮崎県で発生した口蹄疫で、獣医師の構造的な欠陥が明確になった。口蹄疫のウイルスを撲滅する為、牛の場合は静脈注射、豚の場合は電気ショックを与えたり、ガス室に追い込んだりして宿主を殺す。牛豚合わせて計約30万頭。この肉体的にも精神的にも厳しい作業の為、全国の獣医師に応援が要請された。しかし、犬猫病院の獣医師は全く役に立たず、養鶏が専門の産業獣医師は大型家畜に不慣れ。牛に蹴られて眼球破裂の大怪我をした獣医師もいた。日本で獣医師になるには、6年制の獣医師養成課程を終え、国家試験に合格しなくてはならない。この点は医師と同じだ。獣医師養成課程を備えた大学は、全国に国公立11校、私立5校の合計16校あり、毎年合計1000人弱が卒業する。東京大学や北海道大学等、国立大学の獣医師課程の定員は、各校1学年30~40人程度、エリート養成に相応しい少数精鋭教育を続けてきた。約50年続く“16校1000人体制”は少なく感じるかもしれないが、前述したように、獣医師は国際的には選び抜かれたエリートだ。問題の本質は、獣医師の絶対数の不足ではなく偏在であり、これは政府も認めている。農林水産省は先月17日の衆議院文部科学委員会で、「不足している状況にないという認識は変わっていない」(小川良介参事官)と明確に答弁した。“偏在”とは、獣医師の就職先のことだ。合格者の実に約38%が、犬猫病院のようにペットを相手にする職業に就く。犬猫病院の顧客は富裕層が多く、高い年収を期待できる為、特に女子学生の就職先として人気が高い。公務員・地方公務員が約24%、大学や製薬企業の研究者が約14%と続く。牛・馬・豚・鶏といった畜産に関わる動物を相手にする臨床の産業獣医師になるのは、僅か12%ほどに過ぎない。更に問題なのは、日本では獣医師の周辺業務が育っていないことだ。医療だと看護師・歯科衛生士・放射線技師等、法曹だと司法書士、会計だと税理士のようにサポートが充実しているが、畜産現場で働く動物看護師が決定的に不足している。産業獣医師が抱え込む診療以外の業務は膨大であり、斯くして“獣医師の不足”という虚構が生まれた。こうした事態を憂いてきた『日本獣医師会』は、“量より質”の重要性を指摘。学部・学科の統合による教育の充実と、動物看護師等周辺業務の整備を訴えてきた。漸く、2012~2013年にかけて国立大学8校(4組)が“共同化”、相互乗り入れで教員不足に対応するリストラが始まったところだ。このような状況で、“国家戦略特区構想”の名の下に安易に獣医学部を増設すると、教員が不足し、獣医師の質の向上に結び付かない。儲かるのは犬猫病院と、その経営予備軍を育てるビジネス化した学校だけだ。加えて、恰も広域的に獣医学部が存在しない“空白地域”が四国だけのように伝えられているが、日本海側は鳥取大学しかなく、畜産業が盛んな秋田や山形、北陸や甲信越も空白地域だ。

20170704 09
愛媛県今治市に新たな獣医学部の設置を予定している『加計学園グループ』は、水面下で着実に準備を進めてきた。1995年に開校した倉敷芸術科学大学(岡山県倉敷市)は組織改編を繰り返し、原点だった美術学科を廃止する一方、2006年に生命動物科学科を増設。教員の1人は加計悟講師だ。2009年から同大学副学長を兼務しているのは、父親が加計孝太郎学園理事長だからではなく、鹿児島大学を卒業した獣医師というエリートだからだろう。2011年から2013年まで同大学長だった東京大学の唐木英明名誉教授も獣医師だ。内閣府食品安全委員会のリスクコミュニケーション専門調査会委員を務めたことがあり、BSE対策としての全頭検査を全面否定、遺伝子組み換え作物の安全性を強調する等、アメリカ寄りの発言を繰り返してきた。食品安全委員会のプリオン調査会座長として、全頭検査の基準緩和に手を貸し、アメリカ産牛肉の輸入解禁に道を開いた東京大学の吉川泰弘名誉教授も獣医師で、昨年3月まで加計学園グループの千葉科学大学(千葉県銚子市)の副学長だった。4月からは同大学教授を兼務しながら、新学部設置準備室長として、「四国に新しい学部を作る」と張り切っている。BSE対策の緩和、遺伝子組み換え作物の解禁、『環太平洋経済連携協定(TPP)』交渉における米国産牛肉の関税の大幅削減――。これら1つひとつは点にしか見えないが、“アメリカ第一”を徹底する安倍政権、アメリカの食肉業界、一部の学者の間には、緊密な利害関係が着実に築かれつつある。それを癒着・利権・忖度と呼ぶかどうかは別として、加計学園がその一角を占めているのは間違いない。同学園の内部で、倉敷芸術科学大は“University of Science and the Arts(USA)”の略称で呼ばれているという。悪い冗談としか言いようがない。


キャプチャ  2017年6月号掲載




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