【移民社会アメリカ・日系収容75年】(02) 日系人「差別止める」

20170706 07
「私は強制収容の経験があります」――。今月8日夜、カリフォルニア州パサデナの小さな劇場で、日系2世の女優であるタカヨ・フィッシャー(84)の声は少し上擦っていた。第2次世界大戦中の日系人の強制収容を題材にした演劇の舞台挨拶に招かれ、涙を流しながら聴衆に自身の過去を語った。生まれ育ったカリフォルニアの農村から、遠く離れたアーカンソー州の強制収容所に送られたのは9歳の時。3日がかりで一家を運んだ列車の窓はカバーで覆われ、外を見ることは許されなかった。ただ、過酷な生活の印象は薄い。「末っ子の私が辛い思いをしないよう、家族が守ってくれたから」。寧ろ思い出すのは、母親から三味線や詩吟等日本の伝統支化を教わったこと。興味が湧き、日本語を必死で覚えて学んだ。それが役者を目指す原点になった。大戦終結後、シカゴで働きながら演劇のエキストラに挑んだ。日系人差別は消えていなかった。着飾って歩くと男に肩をつかまれ、「良い日本人ってのは死んだヤツだけだ」とどなられた。白人男性と結婚し、出産した娘を「白人の血が濃くてラッキーだった」と義母に言われた。両親から繰り返し、日本語で「仕方がない」「我慢しなさい」と言われて育った。だから、差別の辛さもやり過ごしてきた。大戦で活躍した日系人兵士を常に誇りに思い、いつか差別の無い日が来ると信じていた。子供を3人設けたが、冷ややかな目で見られる日々に疲れ果て、離婚した。役者としては、25歳の時、オーディションで歌劇の娼婦役を射止め、ブロードウェイの舞台に立った。テレビドラマの脇役に起用され、ハリウッドでの仕事も増えた。

メイドの役が多く、「軽く見られている」と感じることもある。それでも、「演じたいから何でも引き受けた。それで何とかやってこられたと思う」。年齢的な衰えで役者人生の幕引きを考え始めた昨年、大統領候補のドナルド・トランプ氏がイスラム教徒の入国禁止を唱え始めた。同氏の有力支持者の言葉に耳を疑った。「日系人の強制収容は、(イスラム教徒への対応の)前例になる」。何かしなければと激しい衝動に駆られた。「75年を経て、今度はイスラム教徒への差別が始まるなんてあり得ない。日系人が止めなければ」。背中を押したのは、同じ日系俳優のジョージ・タケイ(80)の存在だった。強制収容の経験をオープンに語り、人種や性等の差別撲滅を訴えてきたタケイは、アメリカの芸能界で“反トランプ”の急先鋒になっていた。「私ももう、『仕方がない』で済ませてはいけないわね」。フィッシャーは、「舞台やメディアで声を上げていこう」と誓った。ジョージ・タケイは、1966年に始まった人気SFドラマ『スタートレック』の宇宙船パイロット、スールー役で知られる人気俳優で、ハリウッドで成功したアメリカで最も影響力のある日系人の1人だ。『全米日系人博物館』の設立に関わる等、日系人の地位向上に尽力し、日系人強制収容の歴史がアメリカにあるという事実を語り継ぐことを“生涯の他命”と誓う。ロサンゼルスで生まれ、5歳の時、家族でアーカンソー州の収容所に送られた。その後、父親がアメリカ政府への忠誠を誓わなかった為、“反米主義者”を集めるカリフォルニア州の『ツールレイク収容所』に移された。大戦終結後はスラムで暮らす等、苦労を重ねた。俳優業と同時に人権活動を貫くのは、父の存在が大きい。「日系であることを『恥ずかしい』と考えて沈黙する人が多い中、当時の体験を何度も話し、語り伝えることの大切さや、自分らしさに誇りを持って生きることを教えてくれた」。2015年12月、強制収容の経験を基に製作・主演した歌劇『アリージャンス(忠誠)』を見に来るよう、トランプ氏に呼びかけた。ブロードウェイの座席を予約していることをメディアで喧伝して圧力をかけたが、本人は現れなかった。歌劇公演等で多忙な日々にも、「やれることは沢山ある」とタケイ。「願うのは勿論、我々が受けたような差別が二度と起きないようにすることだ。それが本当の“Make America a better country(アメリカをよりよい国にする)”さ」。トランプ氏の決め台詞である“Make America great again”を捩って、強い決意を示した。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年6月29日付掲載⦿
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