【移民社会アメリカ・日系収容75年】(03) “正義”裁判で問うた父

20170706 08
「『政府が間違ったことをしている』と感じたら、指摘するのが市民の責務だ!」――。スクリーンの中で、日系2世の弁護士、ミノル(ミン)・ヤスイが叫んだ。第2次世界大戦中の日系人強制収容を不当と訴え続け、1986年に亡くなったヤスイの半生を辿るドキュメンタリー映画だ。タイトルは『ネバーギブアップ』。オレゴン州ポートランド郊外の教会で今月15日夜、上映会が開かれ、100人余りの観衆が担手を送った。参加者の1人は、「我々はミンのように、(現政権が差別的対応を示す)イスラム教徒を支えるべきだ」と訴えた。客席の前方に座っていたミンの末娘、ホリー・ヤスイ(63)が振り返り、呟いた。「私の作った映画、役に立ちそうですね」。1942年3月28日夜。 強制収容を促した大統領令に基づく夜間外出禁止令の発令中、ミンはポートランド中心部の警察署前を態とうろつき、逮捕された。自身の裁判を通じ、禁止令が合憲かどうかを問おうとしたのだ。ミンは有罪判決を受け、最高裁まで争ったものの、敗北した。約40年後、再審請求で有罪判決の無効を勝ち取った。ただ、日系人を差別的に扱った政府の行為を不当・違憲と認めさせるには至らなかった。「仕事人間だけど、家ではカードゲームで娘たちと遊ぶ優しい父だった」。そう話すホリーは、大戦終結後にコロラド州デンバーで生まれ育ち、元々強制収容や父の活動には関心が無かった。30代にはメキシコに移り住み、日系社会との関わりも薄れた。

2013年、シアトルであった日系アメリカ人補償法の成立から25年の記念行事に招かれ、父の足跡に深く触れた。そして、長い闘いの結晶とも言える同法の成立を待たずに逝った父の無念が腕に染みた。「改めて振り返ると、父ほど英雄と呼べる人はいない」。記録映画にして残そうと決めた。映画制作中の2015年、ミンにアメリカで文民最高位の勲章『大統領自由勲章』が贈られた。当時の大統領、バラク・オバマは、「人生をかけて社会正義に尽くした彼のような人が今こそ必要だ」と言った。ミンの生誕100年となる2016年、ドナルド・トランプが大統領に当選。今年1月の就任後、入国制限の大統領令が発表されると、ホリーは「オバマの言う通りだ」と感じた。映画の最後の10分間に、ミンの故郷で行われたイスラム教徒への差別反対集会等の映像を盛り込み、父の再登場の思いを込めた。ナレーションは、トランプ政権への批判を強める日系人俳優のジョージ・タケイ(80)が快諾した。タケイとミンは上智大学への留学時代、ルームメイトだった。「大戦中に声を上げたのは、父のような勇気ある人だけだった。今は、皆が皆で声を上げられる」とホリー。法廷闘争を支え、映画にも登場する弁護士のペギー・ナガエと2人で、大統領令を巡る判断を行う裁判所に意見陳述書を提出し、イスラム教徒を支える姿勢を鮮明にした。逮捕から丁度75年、完成した映画は、オレゴン州が『ミノル・ヤスイの日』に制定した今年3月28日に、ミンの故郷で初上映された後、学校や教会等から上映希望が相次いでいる。ホリーは言う。「忌まわしい過去を掘り起こし、再び同じことが起きないように闘う意義をアメリカ人に知らせる。それは、強制取容の経験は無くても、経験者を直接知る最後の世代である日系3世の役目よ」。 《敬称略》


⦿読売新聞 2017年6月30日付掲載⦿
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