【ヘンな食べ物】(44) 覚醒植物カート(天国篇)

アラビア半島のイエメンから東アフリカにかけての地域で、“カート”と呼ばれる植物が地元住民に人気を博している。ツバキやサザンカの木に似ており、その葉っぱを食べると酒に酔ったように気持ちよくなる。私が通っているソマリランドや、ソマリアに住むソマリ人も兎に角、カートが大好き。ソマリ人エリアは乾燥し過ぎてカートを栽培できない為、隣のエチオピアやケニアから車で輸送している。13時か14時頃、ウーウーとサイレンを鳴らして走ってくる車があれば、それはパトカーでも救急車でもなくカート運搬車だ。カートは刺身と同様、鮮度が命で、朝摘みのカートを積んだトラックが、どんな砂漠でも内戦地帯でもお構いなく猛スピードで突っ切って、各地の市場に到着する。すると、カート食いの男たちや小売り商人がそこに群がり、阿鼻叫喚の様相を呈する。奪い合うようにして、コンサートで渡す花束くらいの枝付きカートの葉を買い求め、自宅や友だちの家に持って帰る。ここから“カート宴会”が始まる。日本人の経験者はよく、「カートは効き目が弱い」とか「何がいいのかわからない」等と本やブログで書いているが、大間違いだ。カートは大量に食べないといけない。葉っぱ(※一応は若葉だが)を枝から毟り、ひたすら口に押し込み、ぐちゃぐちゃ噛んで飲み込む。いかつい髭面の男たちがバリバリと葉っぱを食べるのを見て、私と同行してソマリランドへ行った後輩は、「これが本当の草食男子か」と呆れていた。只の葉っぱで、しかも土埃だらけだから、全然美味くない。でも、そこを我慢して食わねばいけない。

そのうち、不思議なことが起きる。葉っぱが急に美味くなるのだ。微妙な渋みを伴った甘みを舌に感じる。その甘みは、脊髄を伝って脳や手足にも届く。「おぉ」と感動し、「ねぇ、このカート、美味いよね!?」と隣りにいる見知らぬおじさんの肩を叩いて突然話しかければ、それはもう効き始めた証拠だ。その頃には相手も効いているから、「お前もカート好きか? いいヤツだ!」等と肩を叩き合ったりして、直ぐに仲良くなってしまう。この多幸感あふれる状態を、ソマリ語で“メルカン”と言い、「あんた、メルカンしているか?」と話しかけるのが、カート宴会の定番挨拶である。カートは酒と同様、人の心の垣根を取っ払う。誰もが友だちに思え、本音で話をしてしまう。私はカートが無かったら、ソマリ世界で取材ができなかっただろう。ソマリ人は大抵短気で、普通にインタビュー等しても、15分としないうちに飽きてしまい、欠伸したり、携帯で誰かと話し始める。ところが、カート宴会に参加したら、最低でも3時間ぐらいは席を同じくする。日本の飲み会でも、1時間程度で「今日はお先に…」等と席を立ったら、失礼な感じがするだろう。それと同じだ。長時間一緒にいるし、メルカン状態で何でも率直に話ができる。私はこのような宴会で、氏族の掟からイスラム過激派の内幕、更には夫婦生活や浮気が妻にバレない為の方策まで聞きまくった。しかし、カートが最高であるのは、酒と違って酩酊しないことだ。寧ろ“覚醒”する。長距離ドライバーや夜警が特に愛用するだけあり、集中力や記憶力が高まり、見聞きしたことを忘れたりしない。ホテルの部屋に戻ってからも2~3時間、先ほど聞いた話を一心不乱にノートに纏めてしまう。メルカンは気持ちいいし、取材はガンガン進むしで、比喩ではなく、“天にも昇る気持ち”になる。実は、この後に強烈な副作用が来るとわかっているのだが…。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年7月6日号掲載
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