【オトナの形を語ろう】(32) 快楽の果てに男と女を待ち受けるものとは?

先週に続いてKの話をする。Kと出逢って1年と少しが過ぎた頃、Kが音信不通になった。年が明けて、Kから連絡があった。東京にいるという。「どうしていたんだ?」「奈良にいたのよ」「ほう…」。Kはその1年前、奈良で開催された保険の組合の会合に出る為に出かけたという。そこで古いホテルに宿泊した折、マッサージにやって来た女に一目惚れし、東京の事務所も畳み、その女と暮らす為に奈良へ住みついたという。「それがもう絶品の女だった。目が少し悪いんだが、女の身体にゃ目なんぞ関係はない。天国を見させてもらったぜ」「そうか…。良かったな。なのに、どうして東京に戻ったんだ?」「女が池にはまって死んじまったんだ…」。そう言った時のKの声が、私にはもの哀しく聞こえた。奈良から戻って来たKと久しぶりに逢った。Kはもうすっかり元気になっていた。Kの活き活きした話しっ振りを見て、少し安心した。それよりも感心したのは、Kが十数年かかって築いた保険の仕事を直ぐに知人に譲って、その女の為に奈良へ行ったことだった。それを私は潔さとは思わないが、「女と交情することが、大人の男の生きる全てだ」と考えるKの見事さに、私は感心した。私にはできないことだった。久しぶりに逢ったKに、私は奇妙な親しみを抱いた。

何よりも、Kには、男と女のことで気取ったり、講釈を垂れることがなかったし、懸命に、大人の男が、ただひたすらに、女とやることに徹している姿勢に魅かれたのである。世間の、女衒とか、竿師とか、女たらしの連中は、女を悦ばせる術に長けているだけの連中だから、所詮、「女を持ちものにしている」という傲慢さが出る。Kにはそういうものが一切無かった。“女を信じている”のかもしれなかった。私は、そういうKに惹かれたし、「Kの行動を見てみたい」と思った。「Kの鮮やかな生き方には、私の中に無かった傲慢とか、気取りとか、大人の男としてつまらぬものを全て拒否するものがあるのではないか?」と思った。Kのセックスを初めて見たのは、渋谷の円山町の旅館だった。私は正直、驚いた。「セックスが、これほど人間を懸命に向かわせるものか」ということ、「ここまで執拗に(※言い方を変えれば、ここまで丁寧に)なすものか」という驚きだった。そうして、それが全て快楽の為であることが見事だった。覗き見ていて、KもKだが、女も女だと思った。「世の中には、セックスの快楽を生きる至上のものとしている男と女がいるのだ」という驚きと、感動があった。Kと女のセックスを見ていて、人間のセックスというより、ある場面では蟹同士に見えたし、ある場面では蛇と蛇が絡み合っているようにも見えた。

延々と続くセックスを眺めているうちに、「彼らを繋ぎ止めているものが、単純に快楽だけなのだろうか?」と思え始めた。そこには、種の保存だとか、人間の形に進化した生き物が、ごく自然に身体を睦み合うとか、そういう法則のようなものは微塵も感じられなかった。何か見えない、私たちには解明できない、ある力によって、彼らが動き続けているようにも思えた。私は、それ以上見ている気力が萎えてしまい、旅館を出た。外は既に明るく、円山町の坂を下り始めると、通勤する男女がせわしなく歩いていた。つい今しがた眺めていた光景の中の男と女と、目の前を歩いている男と女たちが、同じ種類の生き物なのが不思議に思えた。Kとの日々は、数年、付かず離れずの、奇妙な糸に操られるように続いた。「快楽の果てに厭世や、虚無のようなものがあるのでは?」と思っていた私の予測は全く的外れで、Kはセックスをする度に、新しく生まれ変わっているように思えた。それは砂漠の地面に、新しい芽が出るかのように、しぶとく、逞しく、当たり前のような表情をして、Kは生き続けた。Kと私が疎遠になったのは、何か特別な事情があった訳ではなく、ごく自然と連絡を取り合わなくなっていた。Kとの日々で、未だ奇妙で、興味あることは幾つかあったが、セックスの快楽とは少し離れた話なので、ここでは書かない。「セックスの快楽というものは、持って生まれた個々の資質と関わりがあるのだろう」というのが、私の考えである。セックスの果てに、快楽の果てに何があるのかは、私にはわからないが、懸命にそれを求め、探し続ける人の姿は、そう悪いものではない。


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』(集英社)。


キャプチャ  2017年7月17日号掲載
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