【平成の天皇・象徴の歩み】(04) 平和の尊さ、各地で伝え

20170711 07
5年前の深川八幡祭りは、例年になく盛り上がった。祭りの最中の8月12日、天皇・皇后両陛下が富岡八幡宮(東京都江東区)に足を運ばれたからだ(※左画像)。「わっしょい」というかけ声と共に、高々と掲げられる神興の行列を櫓の上から見守り、拍手を送られた。両陛下がこの日、富岡八幡宮を訪問された第一の目的は、1945年3月10日の東京大空襲の体験者との懇談だった。江東・墨田・台東区等の下町が焦土と化し、約10万人が死亡、100万人が被災した。「灼熱の炎を避けて堀に飛び込んだ子供たちが、水の冷たさで死にました」。境内の施設で早川幸男さん(88)が体験談を話すと、陛下は「お気の毒な方が随分いらっしゃいましたね」と応じられた。当時12歳と20歳だった女性2人も、命がけで逃げ延びた体験談を披露した。じっと耳を傾けた陛下は、「戦争の悲惨さを忘れないよう、若い人に伝えて下さい」と伝え、施設を後にされた。富岡八幡宮は、東京大空襲の8日後に下町を視察した昭和天皇が、被災状況の説明を聞き、「救護措置に万全を期すように」と指示した場所だった。

「関東大震災後の巡視の際よりも今回の方が遥かに無惨であり、一段と胸が痛む」。木場・押上・上野と巡った昭和天皇は、皇居に帰る車中でそう漏らしたと『昭和天皇実録』にある。富岡八幡宮では、終戦から3年後の1948年8月15日、氏子らが皇居まで神興を担いで行き、復興を報告したと伝わる。「昭和天皇の思いを継ぎ、平和を希求されてきた陛下には、印象深い下町での1日になったのでは」と側近は振り返る。陛下の思いは、皇室の若い世代にも受け継がれている。皇太子ご夫妻の長女・愛子さま(15)は今年3月、学習院女子中等科の卒業文集に寄せた作文に、「“平和”は、人任せにするのではなく、1人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだ」と綴られた。修学旅行で広島の原爆ドームを訪れ、そのような考えに至られたのだった。この作文を地元紙で目にした『広島平和記念資料館』の元館長・原田浩さん(77)は、「陛下の姿勢そのものだ」と感じたという。戦後50年を迎えた1995年5月、原田さんは同館を訪問された両陛下を案内した。陛下は、被爆者の癌の発生率を示したグラフの前で足を止め、じっと覗き込み、広島の原爆被害と1986年に発生した旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原発事故では、健康被害の発生状況が異なることにまで言及された。「被爆の影響を詳しく勉強されていた。放射能被害が戦後もずっと続くことを忘れず、広島に何度も足を運んでくれているとわかった」と原田さんは話す。陛下は2007年、東京で開かれた『原子核物理学国際会議』のお言葉で、広島・長崎の原爆投下による苦しみが続いていることに触れ、「この分野の研究成果が、世界の平和と人類の幸せに役立っていくことを、切に祈る」と述べられた。陛下の下に後日、出席者からこんな手紙が届いた。「日ごろ忘れていた科学者としての心構えを改めて呼び覚まされました」。戦後70年を経てもなお、戦災の傷に苦しむ人々に寄り添い、平和の大切さを伝え続けられる陛下。その姿は、多くの日本人の瞼に焼き付けられている。


⦿読売新聞 2017年6月17日付掲載⦿
スポンサーサイト

テーマ : 天皇陛下・皇室
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR