【ヘンな食べ物】(45) ダメ人間たちの“迎えカート”

食べれば多幸感と鮮やかな覚醒を齎す中東・アフリカの植物“カート”。しかし、この嗜好品には恐るべき副作用がある。地元の人たちと一緒にカートを食べると、3時間ぐらいは談論風発し、非常に楽しいが、その後、段々とテンションは下がっていく。この辺から、カートの効き方は人によって大きく分かれてくる。先ず食欲。私の親しい友人は、カート宴会の後に腹が減る性質で、「よくないとわかっていてもパスタを山ほど食べてしまう。これが太る原因なんだよな」と、酒を飲んだ後にラーメンを食わずにいられない人みたいな愚痴をこぼす。私はあまり空腹を感じない。何しろ、コーラ・お茶・水等を飲みながら、サラダ何杯分もの葉っぱを食べているから腹が膨れているのだ。食欲は錯覚だろう。もう1つは性欲。人によっては「凄くセックスがしたくなる」という。ソマリ人世界では、カートを食べるのは男にほぼ限られる。女性でカートを食べるなら、ちょっとその人は“堅気”でない感じがする。娼婦とかバツイチの遊び人とか芸能人(※歌手やコメディアン等)とか。なので、女性の感想は滅多に聞けないが、どうやらやっぱり人によっては性欲が湧いてくるらしい。でも、過半数の人は「性欲? 湧かないなぁ」という。私もそうだ。恰も自分のエネルギーが全て上半身(※特に頭)に集まって、下半身は空っぽになったかのような感じがする。食欲も性欲も生じない“小市民体質”の私は、半ば残念な気持ちでホテルに帰り、その日の宴会で仕入れた情報やソマリ語をメモ帳やノートに何時間も書いて纏める。未だ十分に集中力があるので、楽にそのような作業ができるのだ。食べた量が程々の時は、そのまま普通に眠りにつける。

だが、問題は宴会が盛り上がってカートを食べ過ぎてしまった時。食欲・性欲の有無にかかわらず、不眠・不安・神経過敏といった副作用が出るのだ。夜中近くになると理由もなく神経がピリピリし、風の音や、誰かが遠くでドアを閉めたバタンという音に飛び上がるほどびっくりする。そのうち、自分がこの土地で孤立無援な気がしてくる。周りのソマリ人が私を嘲笑っているような気がする。稀にだが、激しい動悸を感じ、「ヤバいんじゃないか?」と恐怖に慄くこともある。パニック障害的なものだろう。まぁ、大抵は何時間かして疲れて寝入ってしまうのだが、翌朝は酷くだるい。時には取材どころか、部屋の外に出るのが億劫になるほど。急性の鬱病、或いは精神的な二日酔いとでも言うのだろうか。こんな時に唯一最善の対応策はというと、まさに二日酔いと同じ。昨日の残りのカートを食うことなのだ。これをソマリ語で“イジャバネ”と言い、私は“迎えカート”と訳している。食い残しの葉っぱは萎びて変色し、まるでグラスに残った前日のビールのよう。不味いとしか言い様がないが、それをぎゅうぎゅうと口の中に押し込むと忽ち気分が楽になってくるから不思議だ。そのまま葉っぱを携えて外に出ると、「イジャバネ!」と他の人たちが指差して笑う。日本同様、朝から迎えカートなんかやっている人はダメ人間なのだ。幸か不幸か、私の取材仲間たち(※ジャーナリストやドライバーや護衛の兵士たち)もイジャバネを口にして待ち構えている。斯くして、我々ダメなソマリ取材陣は、口を緑色に染めながら次の取材地へ向かうのだった。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年7月13日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR