【Global Economy】(45) 物価・金利上昇無き“微温湯経済”…賃金伸びぬ、皮肉な安定

景気の足取りはまずまずのようだ。人手も不足している。なのに何故、賃金は上がらないのか? 日米欧の政策当局者の共通の疑問だが、それが経済の微妙な均衡を支えている面があるから厄介だ。 (本紙編集委員 近藤和行)

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「世界は低成長・低インフレ・低金利から抜け出せない“大停滞”時代に入った」――。アメリカの元財務長官であるローレンス・サマーズ氏が、3年半前から唱えている仮説である。「“失われた20年”から抜け出せない日本を反面教師にした戒め」と取る向きもあったが、今やヨーロッパもアメリカも停滞の沼で足掻く。共通点は、共に賃金が伸びないこと。だから、消費が増え、物価は上昇し、成長は加速、それを織り込んで長期金利も上昇するという循環が始まらない。日本は失業率が3%前後まで下がり、有効求人倍率も全都道府県で1倍を超えた(※グラフ①)。都市部のアルバイトは“時給1500円時代”がやってきた。パート労働者の時給は明らかに上がっている。正社員の月給も緩やかながら、上昇はしている(※グラフ②)。なのに何故、懐が温かくなった実感に乏しいのか? 理由の1つに、労働時間が短い主婦や高齢者のパート労働者が増えたことがある。時給は増えても、抑々労働時間が短い。税制優遇や社会保険料免除という特典を守る為、年収が一定額を超えないよう、働く時間を調整もする。結果、月給ペースでの平均賃金を下げる作用が働く。「労働者の多くを占める正社員は元々、大幅な資上げなど望んでいない」という指摘もある。こんな時代だ。本音は、「年功賃金や安定雇用が大切。好業績の褒美はボーナスで貰えればいい」と。だから、労働組合も要求しない。経営者だって、求められてもいない賃上げはしない。当然、伸び足は控え目になる。

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「デジタル革命が中期的に労働需給を緩める」という展望もある。アメリカでは、「銀行の営業店舗やその人員等は今後、4割程度が不要になる」とされる。賃金は上がらないのか? 日本に関して言えば、「2018年から上がる」という強気の見方がある。新興国で農村から都市部への人口移動がほぼ終わり、労働力の供給不足から賃金上昇が加速する時を“ルイスの転換点”という。少子高齢の日本は、既に多くの高齢者や女性が職に就いた。今後は寧ろ、団塊世代等高齢者が労働市場から退出する局面に入り、供給は減る。「高齢社会版“ルイスの転換点”は直ぐに来る」という見立てだ。改正労働契約法も影響する。2013年施行の同法は、有期雇用契約が5年を超えたら無期雇用への切り替えを求めている。その5年の期限を来年4月から順次迎えるので、「来年から待遇改善が始まる」との予想だ。抑々、「失業率がここまで下がれば賃金は上昇する」という“フィリップス理論”に基づく楽観論もあるが、欧米でも賃金の伸びの弱さを巡っては、様々な解釈が交錯している。『ゴールドマンサックス』は、「労働需給の変動が賃金にはね返る影響は、1970~1980年の頃に比べ5分の1程度に低下した」とみる。「産業のサービス化等で、人手不足でも賃金は上昇し難い社会構造になった」というのだ。『ヨーロッパ中央銀行(ECB)』は、「就職を諦めた層等が労働統計には反映されず、見かけの数字ほど失業率は低くない」という。“働く人”から“企業の懐”に視点を移せば、違った風景が見えてくる。生み出した“付加価値”に比べ、給与・賞与・福利厚生等の“人件費”にどれだけ支出したかを示す企業の“労働分配率”は、約58%に落ち込んだ(※グラフ③)。景気回復の初期は分配率が減る傾向にあるが、今の景気拡夫局面は既に戦後3番目の長さを誇る。年度毎に四半期の人件費を足すと、昨年度はリーマン危機直前に比べ年10兆円以上減った。企業の手元資金は増え続けている。日本企業の現預金は255兆円と、過去最高を更新した。アメリカもヨーロッパも、企業が資金を抱え込む。

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日本企業は最近、投資意欲を取り戻してきた(※グラフ④)。同時に、如何に自己資本を有効に活用したかを示す“自己資本利益率(ROE)経営”ばやりの影響もある。資金を増配や自社株買いに回してもいる。統計上は、唯一、賃金だけが後回しにされているように見える。経営者の無策・怠慢と難じるのは容易だが、事は単純ではない。例えば、インターネット経由で仕事を発注し、どの組織にも属さない労働者が請け負う“クラウドソーシング”が、想像を超える勢いで広がっている。アメリカでは5500万人が、日本でも既に300万人以上がそんな働き方をしているという。企業からみれば、ありがたい流れの中、「既存の雇用形態を前提に、労働コストを膨らませるなどできる筈がない」との本音も聞こえる。企業が貯め込んだ資金が、皮肉にも経済を“安定”させている面もある。今の株高・好景気は低金利だからこそである。企業が資金を抱え込み、賃金は低いままなので、物価も金利も上がらない――。そんな“大停滞”が、熱くもならず、冷めもせずの不思議な均衡を作り出し、“ゴルディロックス”を演出する。企業の増配や自社株買いは株高を下支えもする。とはいえ、世界的に金融緩和は縮小の流れだ。長続きはしないだろう。旧日経連は、1990年代半ばに日本の労働市場の方向性を示した。労働者は、ほぼ横並びの雇用形態から、①終身雇用の幹部社員②短期契約だが高い専門性で報酬を得る層③短期で単純な労働に従事する人、に分かれる。概ね、その方向で変化が起きてきた。資金の停滞は、労働市場がそんな変化についていけないことが底流にある。労働市場の流動化は、長期的には雇用にプラスに働く。足元の景気に関係なく、働き方改革を急ぐ必要がある。


⦿読売新聞 2017年7月14日付掲載⦿

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