【東京五輪後の地方経済を読み解く】(08) “平成の大合併”模範生からの急転落…兵庫県篠山市を訪ねてみた

20170718 04
兵庫県篠山市は、平成の大合併の模範生から急転落したことで知られている。平成の大合併に先駆ける1999年に、多起郡篠山町・今田町・丹南町・西紀町の4町が合併して誕生した篠山市は、合併特例債を使ったまちづくりを行った。平成の大合併を促進した総務省にとっては模範生となり、全国から“篠山詣で”が行われた(※1999年の市税収入56億円、基準財政需要額102億円、交付税額84億円)。財政の逼迫した政府は、人口減少で税収が減少し、高齢化によって社会保障費が増大する。このままでは財政が破綻してしまう。市町村合併によって市町村数を減らし、地方交付税(交付金)の削減を考えたのだ。地方交付税は、国が国税の一定割合を自治体の共同財源としてプールし、財政力の弱い団体から配分していく制度だ。その配分は、自治体毎に標準的な行政運営を行う為に必要な経費(基準財政需要額)を算出し、足りない額を補填する方式になっている。しかし、地方交付税の削減を押し付けてしまえば、市町村は猛反発し、合併は頓挫してしまう。そこで政府はアメを用意した。合併をした市町村の地方交付税は、合併前の自治体を基準にした方針(10年間)を決定(合併算定替)し、市になる人口要件を緩和し、合併を促した。また、合併した自治体だけに起債が認められた合併特例債は、合併後10年間発行できる。発行額の内、7割は政府が肩代わり。つまり、発行した自治体は自己負担が3割と少なく、様々なインフラ整備に着手できるとされたのだ。

インフラの整備率が低い地方都市にとって、合併特例債は打ち出の小槌に見えただろう。篠山市も合併特例債をフル活用し、市内のあちこちでインフラ整備に着手した。4町が合併して誕生した篠山市は、合併特例債で斎場や清掃センター等広域行政課題を一気に解決すると共に、旧4町にシンボルとなり目玉となるハコモノを建設した。旧今田町には温浴施設『こんだ薬師温泉』を、旧丹南町には『中央図書館』を、旧篠山町には『チルドレンズミュージアム』を、旧西紀町には『総合運動公園』といった具合だ。他にも、市の玄関口になっているJR福知山線の篠山口駅東口やバスロータリー等が整備された。これは、福知山線が篠山口駅まで複々線化された為だ。この複々線化による駅周辺の新興住宅地化等で、合併後10年で人口は約4万7000人から5万5000人に増えると予測した。水が足りなくなる為に、県の浄水場から約30㎞の送水管を新たに建設し、水を引いたのだ(※約127億円)。“負担は低く、サービスは高く”が合言葉だったが、これらの事業総額は約234億円。篠山市の借入額は、2003年に約564億円。全会計を合わせた借金総額は、約1083億円にまで膨らんだ。更に追い打ちをかけるように、2004年に“地方財政ショック”が起きた。政府はこの年、一気に地方交付税を6.5%カットし、予算の組み直しを余儀なくされる自治体が相次いだのだ。篠山市でも合併特例情の返済費用は基準財政需要額に算入されていたが、本来の行政運営費の分が減り、配分総額自体が圧縮されたのだ。こうして、政府の裏切りとも言うべき地方交付税の削減策に、篠山市は財政破綻寸前まで追い込まれたのだ。2007年には、当時の市長が病気を理由に辞職してしまった。当初の見通しでは、2008年以降、毎年10億円以上の不足が出て、不足を補う財政調整基金は2009年度に、地域振興基金も2011年度には無くなる。更に、合併10年後からは余分に計算されていた交付税部分が5年かけて削られ(特例措置)、2015年度からは本来の交付税に戻ってしまうのだ。「このままでは“第二の夕張市”に転落しかねない」と危機感を募らせ、新市長に選出されたのは、前県議の酒井隆明氏だ。酒井氏は弁護士出身で、県議時代は自民党に属しながらも、環境問題等に熱心に取り組んだ。市長就任後は、2007年を“財政再建待ったなし”と破綻寸前の財政見通しを公表し、“篠山再生元年”と位置付け、改革をすることになったのだ。では、現在の篠山市はどうなっているのか? 本誌は現地取材を行った。古都・京都からも自動車で約1時間半という距離にある篠山市は、農業が主産業だが、城下町として栄えた歴史もあって、市庁舎周辺には歴史的建造物も多く保存されている。河原町妻入商家群等は古民家が立ち並ぶ。視察もあるという。但し、合併以前からのハコモノも多い。多目的音楽ホール『たんば田園交響ホール』は、1988年に竣工。1982年に開館した『市立歴史美術館』・『丹波杜氏酒造記念館』まである。観光資源と形容することもできるが、バブルの名残を感じさせる。

平成の大合併で建設されたハコモノは今、どうなっているのか? 実は、事業計画が見直されることになり、今も貴重な公共施設として存続している。『チルドレンズミュージアム』は、平日午後に学童、土・日・祝はキャンプ施設として、家族や学校の課外授業に利用されている。旧西紀町の総合運動公園の温水プールは、スイミングスクールを開講することによって定期利用者を確保。スクールバスも運行して、利用者の拡大を狙うといった具合だ(※利用時期等に制限あり)。ハコモノとはいえ、建物が開館していることに、篠山市の再生計画の特色がある。「当初は財政再建優先で、閉館としたのですが、『開館してほしい』という市民の声が強く、コストを最小限に抑える形(※指定管理者制度)で復活したのです」と語るのは、前出の酒井市長だ。2007年に“篠山再生元年”と位置付けた篠山市の改革は、職員数を670人から450人台に適正化、市長を始め職員の給与引き下げ、議員定数・報酬の見直し等が含まれている。支所組織を含めた公の施設の見直しも行われた。一時期は、清掃作業を職員が実施するほどのコストカットを行った。酒井市長は市民参加の『篠山再生市民会議』を立ち上げ、市民目線の『篠山再生計画』を打ち出したのだ。再生計画の“年15億円削減”は実現できなかったものの、年12億5000万円削減を実現した。2008年4月の市議選では20人中11人が引退し、新人議員13人が当選したことで、市長と議会が連携して、市民目線の再生計画を押し進めることができたのだ。また、合併10年後からは5年かけて削られる交付税の特例措置も、一旦は特例期間が終了したものの、総務省が地方交付税を上乗せする特例終了後の新たな財政支援策(※特例分の7割程度を継続して受け取れる仕組み)に移行したこともあって、懸念された大きなショックも避けることができた。この為、2019年度に財政が黒字転換する見込みだ。「しかしながら、依然として厳しい状況であることに違いはなく(※全国でワースト6位、県下でワースト1位)、これからも引き続き行財政改革に取り組んでいきたい。引き続き財政状況を点検する篠山再生計画推進委員会と共に点検をしていきたい」と市長は語る。また同時に、再生計画は行財政改革編だけでなく、まちづくり編も作成し、2009年の『丹波総山築城400年祭』に向けて、ハード事業ではなくソフト事業に注目した街づくりを打ち出したのだ。「市民センターには図書コーナーがありました。『図書館は別にあるから市民センターには職員をおけません。自習コーナーでいいでしょう』と言うと、『文化を大事にしない市長はアホか!』と怒られた。結局、図書コーナーは住民約100人のボランティアで運営するということで継続しました」(酒井市長)。2008年には“農都宣言”を行い、文化庁の『日本遺産』に篠山市が認定される等(2016年)、ソフト事業に積極的に打って出ている。「私が市長として実現したかった認定こども園の新園舎も、2016年7月にやっと開園しました。野球場整備に関しては篠山再生計画推進委員会の指摘が入り、一部見直しの上、実現しています」(同)。“ふるさと日本一”を目指したソフト事業重視の街づくりを、市民とアイデアを出しながら行っているのだ。篠山市は、破綻回避のモデル都市への道を進んでいる。 (取材・文・写真/本誌編集部)


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