【男たちの貧困】(08) 「ボロ過ぎて地元で有名だった」…芸人から一転して路上生活者に、有吉弟の元相方の壮絶極貧生活

20170718 13
「ボロ過ぎて地元で有名だった」という家賃2万円のアパートで、両親ときょうだい3人の6人家族で暮らしていた広島県出身のシュウソウさん(41)。物心がついた頃には、もう既に貧乏だったという。「親は揃って競輪と酒が好き。生活費より趣味にお金を回すので、父の給料日から15日ぐらい過ぎると、台所中を漁って食べるものを探していました。体操服は全部お古。1回、お母さんが“溝口”ってゼッケンが入った体操服を拾ってきたんです。『遠目で見ると、(自分の名字である)“植田”に見えるだろう』って。見えねぇっつうの(笑)」。「こんな親と同じ道を歩むのだろうか?」とシュウソウさんが将来に不安を感じ始めた頃、ブラウン管の中では、伝説のバラエティー番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)から生まれたお笑いコンビ『猿岩石』が爆発的な人気者になっていた。有吉弘行とは同郷で、小学校と高校が同じで知人。超売れっ子になった有吉が帰郷した際には再会した。“国民的な旅人”に将来の不安を話すと、「だったら俺の弟と組んでやってみたら?」と背中を押され、有吉より4歳年下の弟・隆浩さんとお笑いコンビを組むことになった。こうして2人は『部長クラス』を名乗り、上京して家賃4万2000円の風呂無しアパートで同居生活を始めた。「彼はお笑いに詳しくて、『才能あるよね』って色んな人から言われていましたね。兎に角、イケメン! 彼を嫌いになる女の人はいなかった筈。『俺、お笑いよりスタイリストのほうが向いてるかも』って調子に乗っていた時期もありましたけど」。

芸人としての芽は中々出なかったが、2人は風呂ありアパートに引っ越した。家賃が高くなったシュウソウさんはアルバイトに精を出し始めたが、入ったお金はパチンコや合コン代に消え、気が付けば芸人仲間凡そ20人から借金しまくっていた。顔を合わせると返済を迫られる為、お笑いライブには出られない。軈て、アルバイトに入っても2日で前借りするようになり、更には隆浩さんから預かった家賃も遺い込んで、とうとうコンビは解消した。「相方も家もお金も失って、神奈川の川崎市まで働きに出たんですけど、あそこは競馬場がある(笑)。また使っちゃって、帰りのお金が無い。仕方ないから、川崎の駅で寝泊まりするようになった」。川崎市は、日雇い労働者のサポートが手厚いことで有名だ。シュウソウさんも声をかけてきた男性に斡旋してもらい、職を得た。1日働いて5000円を稼ぎ、それで次の1週間を過ごした。「お金は無いけど腹は減る。週刊少年ジャンプをちぎって、めちゃめちゃ食いました(笑)。薄緑色のページは野菜、オレンジ色はピザ、赤色はステーキだと思い込んで。この話を月刊少年マガジンのスペシャル版で描いてもらったことがあるんですけど、編集者に『ジャンプは美味しいけどマガジンは不味い』って言ったら、『そうなんです! うちはインクが墨汁なんです』って感心されました(笑)」。しかし、路上生活を長く続けていたことが仇となり、遂に病気に罹った。鼻に黴菌が入り、ゴルフボールほどの大きさに腫れあがったのだ。国民健康保険に加入していない為、普段なら我慢をするが、今回ばかりは弟に借金をして病院に行くと、“特殊なへルペス”と診断された。それを機に実家に戻り、飲食店でアルバイトを開始。その後は泊まり込みのリゾートバイト等を転々としながら、再び上京して芸人生活をスタートさせた。とはいえ、大手芸能プロダクションに入っても長くは続かず、コンビを組んでも辛くなったら逃げることを繰り返した。しかし、千原せいじが経営する芸人居酒屋“せじけん”では店長を任され、今ではお笑いプロレス団体“西口ドア”でも、後輩から厚い信頼を得るまでになった。屋根の下で過ごせている今、ホームレス時代に「頑張って冬を乗り越えましょう」と励まされたことを懐かしく思うことがあるそうだ。 (取材・文/フリーライター 伊藤雅奈子)


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