【香港返還20年】(上) 切り崩される民主派

イギリスから中国への返還から20年を迎えた香港に、習近平政権は“同化”のアクセルを踏み込んでいる。形骸化する“一国二制度”の下、呑み込まれまいともがく香港の現状を追った。

20170719 03
今月1日早朝、中国政府の香港政策に抗議する大規模デモを控え、中心部の湾仔で“旗揚げ式”を終えた民主派団体が襲撃された。警官隊が割って入った時には、襲撃役の若い男性らに加え、中国国旗を掲げる年配の男女約100人が現場を取り囲み、スピーカーを使って「お前たちは反逆者だ」と民主派を罵倒した。この男女らは、決して自分の身元は明かさない。中国政府の香港出先機関『駐香港連絡弁公室(中連弁)』の関係者によると、半分は香港住民で、半分は近隣の広東省・福建省・広西チワン族自治区等から動員された。中連弁が組織化の中心となったという。中連弁は、政府や中国共産党の中央機関・地方政府の寄り合い所帯で、総勢約1000人とされる巨大組織。その任務の1つが動員で、50代のある職員は今回、香港の中国系企業各社から50人・100人単位で社員らをかり出し、様々な集会に派遣した。更に、近隣の省にも協力を仰いだという。日当約1000元(約2万円)で「少なくとも1万人」(同関係者)が動員され、習主席の香港訪問を盛り上げ、民主派の活動阻止にも奔走した。

中国本土と社会制度が異なる特別行政区の香港とマカオ、それに台湾で、中国に融和的な世論を醸成し、協力者を養成しようとするのが、統一戦線(統戦)工作だ。中連弁は毎年、中国本土から数百人単位の移民を“投票部隊”として香港に送り込み、親中派支援に繋げてきたという。返還後の香港の20年は、中国の政策に異議を唱える民主派と中連弁との鬩ぎ合いの歴史だったとも言える。香港の民主派政党の走りである民主党は、返還前の1994年に結成された。中国の民主化や1989年の天安門事件の再評価を訴え、“民主の砦”と呼ばれた香港で強い求心力を誇ってきた。だが、中国との対話も主張する穏健路線に急進勢力が反発し、分裂を繰り返した。2014年、香港トップの行政長官選挙の民主化を求めた道路占拠運動が失敗すると、若者らが“独立論”や「中国の民主化より香港の民主化を求める」という“自決論”を掲げ、新党結成も相次いだ。道路占拠運動では、中連弁を軸に、香港で盛んに世論工作を展開した。中国共産党関係者は、こう振り返った。「穏健派と急進派・独立派との足並みが揃わず、次第に市民の幅広い支持を失っていた。当局としては瓦解を待つだけでよかった」。親中派形成工作の手は、民主派と歩調を合わせてきた新聞やテレビにも伸びている。最大手テレビ局『電視広播(TVB)』の実質経営権は、上海市の共産党元幹部に握られ、違法状態にあるとの疑いが5月に発覚。反中姿勢の『蘋果日報』や、民主派寄りの論調だった『明報』は、中連弁が地元企業の広告掲載に圧力をかける等して締め付け、経営難に陥っているとされる。『香港記者協会』が2013年から算定している報道自由指数は、合格点の50に達したことは一度も無い。これまで“黒子役”とみられてきた中連弁だが、習政権下でトップに就いた張暁明主任は度々、メディアに登場する。中連弁の所在地に因み、「西環が香港を治める」との言葉が広まる。政権に近い関係者は、こう言い切った。「鄧小平が“50年不変”とした一国二制度は読ける。報道や出版の自由も一定程度は認める。だが、習近平が引いた一戦は越えてはならない。それが今後の一国二制度だ」。


⦿読売新聞 2017年7月3日付掲載⦿
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