【すれ違う米中】(下) 虚構の“100日計画”

20170720 08
ニュージャージー州の中心部で、建設費10億ドル弱(約1100億円)という巨大施設開発が進む。事業主は、ドナルド・トランプ大統領の娘婿であるクシュナー氏の一族企業だ。5月初旬の北京。中国人実業家を集めた会合に現れたのは、クシュナー氏の妹だ。一族企業は、アメリカへの大型出資で永住権が得られる“投資家ビザ”を紹介し、自らの事業へ1億5000万ドルもの資金を求めた。投資家ビザの取得者の9割は中国人。アメリカの大型開発は、今や中国マネー無しで動かない。「中国製品に45%の関税をかける」。トランプ氏は、大統領選で声高に唱えた。選挙後、中国側が摩擦回避へ頼ったのがクシュナー氏。同氏はトランプ大統領の信頼が厚く、4月7日の首脳会談では、貿易不均衡を正す“100日計画”で合意。トランプ大統領は、持論の対中強硬論を一転して封印した。アメリカの調査機関によると、昨年の中国による対米直接投資は約500億ドルと、前年比の3倍に膨らんだ。米中の貿易量も、中国の『世界貿易機関(WTO)』加盟後に急増し、両国経済の相互依存は強まる。トランプ大統領の対中政策は「過激策から現実路線へ転換した」と受け止められ、アメリカの株価上昇要因にもなった。「貴男もわかっているように、アメリカにとって中国貿易は非常に非常に大きな問題だ」。100日計画の期限を控えた今月8日、トランプ大統領は融和路線を翻し、ドイツで中国の習近平国家主席に詰め寄った。「北朝鮮問題での米中協力が行き詰まった為」と解説されるが、それだけではない。

中国が100日計画で合意したアメリカ産牛肉の輸入再開。実は昨秋に禁輸措置を解禁済みで、首脳会談まで温存していただけだ。食品安全面の制約も厳しく、輸出可能なアメリカ産牛肉は全体の10~15%止まりとされる。アメリカ系カード会社の中国でのインターネット通販決済も解禁するが、「中国では現地カード会社が市場を押さえていて、参入余地が無い」(金融当局関係者)。懸案である鉄鋼の過剰生産問題は棚上げしたままだ。「抑々、100日計画は中国側が持ちかけた」。米中外交筋はそう打ち明ける。政治任用が遅れ、人材不足の米国。中国の責任者は、2009年から長く米中経済対話を仕切る朱光耀財政次官だ。アメリカの産業界には、中国ペースの経済外交に苛立ちが募る。「中国を為替操作国に指定する大統領令は既に用意してある。トランプ大統領がポケットから出さないだけだ」。政権移行チームで通貨政策を担当した著名エコノミストのジュディ・シェルトン氏は、日本経済新聞の取材にそう明かす。トランプ政権は新たな鉄鋼の輸入制限も検討しており、貿易摩擦の懸念が再び強まる。今年のアメリカの新車販売は、8年ぶりの前年割れが濃厚。アメリカの景気は盤石ではなく、国内世論は一段と保護主義に傾き易い。「トランプ政権が中国製品に45%の関税を課せば、中国の国内総生産(GDP)は年3%弱も下振れする」との試算がある。一方で中国は、アメリカ国債の巨額保有国。米中が制裁合戦をちらつかせるだけで、世界市場は動揺しかねない。米中摩擦の激化は、アメリカの対日圧力が弱まることを意味しない。支持率低下に苦しむトランプ大統領は、8日の日米首脳会談で、対日貿易赤字の是正に言及した。地理的にも経済的にも米中の横に立つ日本は、対立が起こす混乱の影響を最初に受ける。 (ワシントン支局 河浪武史)


⦿日本経済新聞 2017年7月12日付掲載⦿
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