【管見妄語】 打落水狗

中国の故事に「不打落水拘」(水に落ちた犬を打つな)とある。ところが、魯迅は逆に「打落水狗」(水に落ちた犬を打て)と言った。フェアプレー無き中国(※20世紀初頭)では、しくじった者に情をかけ、徹底的に叩かないでいると、必ず後で刃向かってくるということだ。魯迅が言うまでもなく、中国の易姓革命(※王朝交替)では、前王朝の王族等主要関係者を、数万・数十万の単位で虐殺することが珍しくなかった。韓国も、歴代の大統領は亡命・暗殺・逮捕・自殺等の悲惨な末路を辿っている。朴前大統領罷免に国民が歓喜の涙を流すのをニュースで見たばかりだ。我が国は世界に稀な側隠の国だから、無論、「打つな」である。ところが近頃は、生き馬の眼を抜くようなグローバリズム(新自由主義)の影響で、世界が、そして日本までが「打て」になってしまった。会社を定年退職した私の友人までが、「潰れそうな会社はしっかり潰しておかないと、後でライバルになりかねない」等と言う。激しい競争社会の中で人々は大らかさを失い、騎士道精神や武士道精神、その派生物であるフェアプレー精神を失ってしまった。我が国では今年2月、テレビ・新聞・週刊誌が『森友学園』問題で、「国有地不当払い下げがあった」「首相夫人が講演した」「園児に教育勅語を唱和させている」「稲田防衛大臣が嘗て弁護士として関わった」と次々に騒いだ。「どれも大したことではなさそう」となったら、5月には『加計学園』だ。前文科事務次官の前川氏による証言までが飛び出し、又も大騒ぎだ。これとて、国家戦略特区の話であり、その内容を決める諮問会議の議長は首相なのだから、首相の意向はあったに決まっている。国の方針は外交・経済・教育を始め、全てに首相の意向が働いていて何ら不思議でない。

加計氏が首相の親友というのは不愉快な事実であり、首相の脇の甘さだが、収賄でもない限り、これら問題は間もなく消えて行く筈だ。ただ、メディアが首相のしくじりを叩くことに興じ、国家戦略特区の妥当性という本質論に届かないのは残念だ。国家戦略特区とは、岩盤規制の緩和という名目で、食物・農業・医療・教育等、市民生活を守る為に時間をかけて作り上げた社会のルールを、先ずここで外し、序で全国に広げて行こうというものである。発展途上国では外資を呼び込む為によく見られるが、先進国では滅多に見られないものだ。万民に公平という法治国家の考えに矛盾するもので、一部の事業者が得をする不公平は、これからも必然的に出てくる。しかも、内容の多くは国民や地方の要望に基づくというより、これまでアメリカが要求してきたものを首相や取り巻きが主導で決定したものだから、アメリカ通商代表部のウェンディー・カトラーに絶賛されたほどだ。ストレスの捌け口として首相叩きに興じている間に、北朝鮮は次々に中長距離ミサイルを日本海へ発射し、「アメリカ軍が手を出せば日本にも核ミサイルをぶちこむ」と脅している。バラク・オバマ前大統領が放置した為、最早手遅れとなった北朝鮮を、ドナルド・トランプ大統領は「どうにかしてくれ」と中国にすがり付いている。中国にとって、アメリカをコケにする世界唯一の国・北朝鮮は、好ましい狂犬のような存在だから、強力な経済制裁を要求するアメリカに恩を売りつつ、面従腹背、即ち裏から北朝鮮を支え続けるだろう。リーマンショック後の世界経済を引っ張る中国に、EUは背に腹は代えられず跪くようになったし、理念など寸分もなく、実利だけのトランプ大統領だって、何れ中国に靡きそうだ。結局は北朝鮮を核保有国として認め、国際社会に入れることになるだろう。中国が南シナ海と東シナ海で狼籍を働き、北ミサイルが我が国に照準を合わせているという緊急事態に加え、日本が世界の孤児になりかねない大変動の津波が押し寄せている。「何が森友・加計・豊洲だ」と言いたくなる。


藤原正彦(ふじわら・まさひこ) 数学者・お茶の水女子大学名誉教授。1943年、満州国生まれ。東京大学理学部数学科卒。同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。ミシガン大学研究員・コロラド大学ボルダー校助教授等を経て現職。著書に『藤原正彦の人生案内』(中央公論新社)・『この国のけじめ』(文藝春秋)等。


キャプチャ  2017年7月20日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR