【変見自在】 東スポを超えた

丹沢おろしがストレッチャーに横たわる一美を嬲り、彼女を覆う白布を大きくはためかせた。目を見開いたままの彼女の顔が晒された瞬間、三浦和義は舞う白布を引っ掴んで、妻の顔を覆い隠した。秒速の反応は、捜査1課の刑事の言葉を思い出させた。「被害者の顔がタオルで覆われていたら、先ず身内が犯人だ」「身内は死に顔を正視できないものだ」。三浦和義の振舞は、まさにホシの振舞だった。あの事件は1981年秋、ロサンゼルスの一角で起きた。2人組の強盗は先ず、一美の頭を撃ち、次に三浦の脚を撃って、そのまま逃げていった。彼はロナルド・レーガンに手紙を書き、“妻を植物人間にした危ない国”を責めた。レーガン大統領は日本に気を遣って、アメリカ空軍機を仕立てて被害者・一美を横田に送った。冒頭の一幕は、彼女が横田からアメリカ軍ヘリコプターで東海大学病院に運ばれた時のものだ。三浦の犯行を確信し、こちらは彼の素行を洗い、事件現場の資料も集めた。三浦は、「妻をモデルにカレンダー用写真を撮っていた」と言った。しかし、現場は高速道路の土手の下。ゴミ捨て場の近くで景色も酷いし、人気も無い。強盗には相応しい環境だが、ただ、この州では強殺は死刑だ。1人ばらし、でも目撃者は生かしたままなんてあり得ない話だ。「三浦の善人ぶった仮面を剥げる」と思ったところで、ロス市警が“ケースクローズド”を宣した。捜査は迷宮入り。終わったという意味だ。ショックだったが、拘っていてもしょうがない。データを『週刊新潮』と『週刊文春』の知り合いに下げ渡した。あの頃、週刊誌などはこっちが教えてやる存在だった。それから1年経ったか。文春から、「貰った情報とは別ルートで三浦事件をやる」と伝えてきた。『ロス疑惑の銃弾』(※1984年1月)のことだ。三浦は他にも白石千鶴子をやっていたという。

「凄いネタだ」と思った。経緯もある。この際、「文春に乗りたい」と思った。で、遊軍や警視庁の強力犯担当にそれを話した。「えっ、週刊誌ネタを追うんですか? 勘弁して下さいよ」が共通した反応だった。何とか説得し、押し切った。皆、頬っぺたを膨らませて後追いを始めた。新聞が初めて週刊誌ネタを追ったケースだと思う。文春は7回で連載を終えたが、産経は事件を追い続けた。おかげでというか、24歳のポルノ女優が我が社に垂れ込んできた。「『一美を殺せば1500万円やる、結婚もしてやる』と三浦に持ち掛けられ、ロスのホテルニューオータニで一美を襲った。ハンマーで殴った」という驚くべき告白だった。文春に彼女の垂れ込みを伝えた。これで警視庁がやっと動き、三浦が逮捕された。新聞記者にとって、週刊誌ネタを追うことが大いなる屈辱と思っていた時代が確かにあった。今度の東京都議選で自民党が大敗し、『都民ファーストの会』が大躍進した。悪い日本共産党がそれに続いた。朝日新聞は社説で、「(安倍)政権のおごりへの審判だ」と書いた。何が驕りかというと、詐欺師の籠池某や文科省の変態前次官の話を真面に取り合わなかった、それが尊大だと言っている。でも、そのネタは皆、週刊誌ネタだった。都議選投票直前の朝日新聞1面トップの下村博文を腐す本文は、「同日発売の週刊文春が…」で書き出されている。週刊誌の10倍の記者を抱える朝日は最近、自社ネタ無し。新聞記者の矜持など投げ打って、週刊誌ネタを丸写ししている。今回の下村を中傷するネタ元は拐帯横領犯。朝日は、その言葉の信憑性の裏も取っていない。「嘘だって構わない。政権を痛め付けられれば…」の意図が丸見えだ。三浦和義は、マスコミ460社を「尤もらしい嘘を書いて名誉を毀損した」と訴えて勝ちまくった。が、『東京スポーツ』だけには負けた。東スポはこう言った。「ウチの記事を信用する人間なんていない」。朝日新聞は東スポ以上に東スポっぽくなった。


高山正之(たかやま・まさゆき) ジャーナリスト・コラムニスト・元産経新聞記者・元帝京大学教授。1942年、東京都生まれ。東京都立大学法経学部法学科卒業後、産経新聞社に入社。警視庁クラブ・羽田クラブ詰・夕刊フジ記者を経て、産経新聞社会部次長(デスク)。1985~1987年までテヘラン支局長。1992~1996年までロサンゼルス支局長。産経新聞社を定年退職後、2001~2007年3月まで帝京大学教授を務める。『高山正之が米国・支那・韓国・朝日を斬る 日本人をますます元気にする本』(テーミス)・『アジアの解放、本当は日本軍のお陰だった!』(ワック)等著書多数。


キャプチャ  2017年7月20日号掲載
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