引退撤回とか恥を知れ! 最凶の暴走老人・宮崎駿を筆頭に日本社会は“老害”だらけ

宮崎駿の引退撤回に、「またかよ」と呆れた人も多いことだろう。引き際を間違うバカはよくいるが、宮崎駿の恥知らずぶりは桁違い。これこそ、日本に急増する迷惑な老人たち、“老害”そのものだ。

20170721 14
「長編アニメ制作から引退する」と記者会見で大々的に発表してから4年弱。2017年5月19日、宮崎駿(※左画像)が『スタジオジブリ』を通じて、引退の撤回を正式に発表した。また長編アニメを作る気らしい。このニュースを聞いて真っ先に思い浮かべたのは、“老害”という言葉だ。老害とは、自分が老いたことに気付かない高齢者がいつまでも実権を握り続け、硬直した考え方を振り翳す為、次の世代への若返りができない状態のこと。確かに、宮崎駿の引退撤回は十分に予想されたことだった。宮崎駿が引退を口するのは、1997年の『もののけ姫』(東宝)や2001年の『千と千尋の神隠し』(東宝)を完成させた時に続いて5度目だが、その度に前言を撤回してきた前科があったからである。とはいえ、2013年の『風立ちぬ』(東宝)での引退宣言は、『ベネチア映画祭』の会場で世界に向けて発表されたもの。宮崎駿自身も記者会見を開き、「長編アニメから引退する」とはっきり表明しているのだ。しかも、この記者会見では「(自分が引退して)やっと上の重しが無くなる」と、アニメ業界で次の世代が活躍することへの期待感も口にしていた筈。実際、今、日本のアニメ業界には、『君の名は。』(東宝)の新海誠監督を筆頭に、次の世代が台頭しつつある。興行収入ランキングでも、『君の名は。』は『千と千尋の神隠し』と『アナと雪の女王』(ディズニー)に続く歴代3位だ。 どう考えても、最早、後期高齢者となった76歳の宮崎駿の出る幕ではない。本来なら自分の引き際を的確に判断し、下の世代の支援に回るのが高齢者のあるべき姿だ。そうすれば“老害”ではなく、“重鎮”として尊敬も集めただろう。若手への世代交代に言及した以上は、老人らしく庭掃除をしていればいい。ところが、宮崎駿は恥ずかしげもなく引退を撤回して、ジブリのホームページ上に「自分自身の終焉に関してより深く考える日々が続いた」「作るに値する題材を見出した」等と見苦しい言い訳を並べるのだ。

老害が生まれる一番の原因は、過去の自分の成功体験が忘れられず、それを引きずってしまうからだ。宮崎駿がそうであるように、老害の多くは嘗て、其々の分野で輝かしい結果を残した成功者たちだ。しかし、時間の経過と共に方法論も変わり、どの分野でも“昔ながらのやり方”はどんどん通用しなくなる。それなのに、老害に陥る高齢者というのは、その当たり前の事実を受け入れることができず、いつまでも自分が成功した時のやり方に固執し続ける。特にその傾向が強いのが、若い頃に脚光を浴びて世に出てきた人間だ。こういうタイプが出世して高齢者になると、かなりの確率で「自分のやり方こそ正しい」「自分の考えについてこれないヤツはバカだ!」と自己中心的なことを言い出し、些細なことでキレては暴言を吐く。何故、成功体験が忘れられず、新しい方法論を受け入れることができないのか? 実は、高齢者が老害に陥るのは、脳の仕組みから説明することができる。抑々、人間の感情を司る脳は、加齢と共に萎縮していく。萎縮は30歳頃から始まり、還暦を迎える頃には検査画像でもはっきりわかるほど小さくなっているのが普通だ。この時、早い段階から萎縮が始まるのが前頭葉である。前頭葉は理性・思考・衝動の抑制等を担い、これが低下すると、判断力の低下、性格の先鋭化、感情を抑制できないといった現象が出てくる。この前頭葉の機能低下で起こるのが、“保続”という現象だ。保続とは、一度示した反応を、状況や場面が変わっても続けてしまう行動のこと。今は違う行動が求められているのに、意図せずに前の行動を不適切に繰り返してしまうのだ。高齢の経営者が古いビジネスモデルに何故かずっと拘ったり、学者が時代遅れの学説に囚われ続けたりするのも、この保続と関係があるとされている。実際、石原慎太郎・森喜朗・和田アキ子・張本勲等、よく老害として名前が上がる連中は全員、「自分の古いやり方が正しい」と頑なに信じ続けている。そして、「自分がまだまだ現場で頑張らないとダメだ」と考え、絶対に現在の地位を手放そうとしないのだ。宮崎駿に至っては、「自分の感性こそ正しい」という硬直した思考から、才能あるアニメーターを潰そうとしたことさえあった。宮崎駿が作品の設計図となる絵コンテ作りを始め、アニメーターが描いた原画も全て自ら修正し、全面的に描き直す等、“昔ながらのやり方”でアニメを作るのは有名だ。この手法により、宮崎アニメは“生命力のある映像”等と称賛を呼んできた訳だ。但し、この手法では制作コストが何十億円もかかり、余程の興行収入でなければ赤字になる。そこで試みたのが、宮崎駿が脚本・絵コンテを担当し、作画を信頼するアニメーターの近藤喜文に委ねるという新しいスタイルだった。それが、1995年公開の『耳をすませば』(東宝)である。しかし、宮崎駿は同作完成後、「二度とやらない!」と激怒。「近藤の作風は心理描写が繊細で、宮崎アニメとは違う魅力がある」と評価されたが、宮崎駿は自分と異なるやり方を個性として評価せず、頑として認めようとしなかったのである。まさに老害そのものだ。

20170721 15
問題は、こうしたタチの悪い老人が、宮崎駿だけではなく、今や日本全体に増え続けていることだろう。2007年、他の世代に比べて圧倒的に数が多い団塊の世代が60歳の定年を迎え、2012年に団塊の世代が全て65歳以上の前期高齢者となった結果、日本の高齢者の数は約3460万人となり、総人口に占める割合は27.3%と過去最高に達した。それにより大きな問題となっているのが、キレる老人たち、所謂“暴走老人”の増加である。月12万円の年金支給が少ないとキレて新幹線焼身自殺テロを起こした71歳の高齢者、小学生に煙草のポイ捨てを注意されたことで逆上して6歳男児の首を締めて逮捕された75歳の高齢者、説明してもICカードの仕組みがどうしても理解できずにキレて駅員を殴った68歳の高齢者…。こんな事件が毎日のように各地で起きているのだ。『JRグループ』や『日本民営鉄道協会』等が、1年間に発生した鉄道係員への暴力を調査したところ、加害者は60代以上の高齢者が5年連続で最も多く、全体の2割以上を占めたという。また病院でも、ある調査では患者やその家族から暴力やセクハラを受けたことのある職員が全体の4割に上り、その内、暴力を振るったのは70代が一番多く、セクハラは60代、暴言も60代が2番目に多かった。2015年度版の法務省『犯罪白書』によれば、65歳以上の検挙人数は20年前と比べて約4倍、人口構成比では約2倍と、高齢化率を遥かに凌ぐ勢いなのだ。罪名別でも、殺人・強盗・傷害・暴行・窃盗の全てにおいて右肩上がりで、中でも“暴行”は、1995年の77人から2014年の3478人へと、実に20年間で45倍も激増している。ここにも、“過去の成功体験を捨てられない”という老害特有の理由がある。団塊の世代には、「企業戦士として日本の経済成長を牽引してきたのは自分たちだ」という自負心が強い。実際、老害芸能人ランキングで上位に名を連ねる俳優の梅沢富美男(※右画像)も、「今の日本を作ったのは誰だと思っているんだ? お前たちが作ったのか? 俺たちが一生懸命働いて今の日本を作ったんだぞ!」とテレビで勘違い発言をしているくらいだ。

ところが、定年後の高齢者は“厄介者”・“無駄飯食い”と見做され、世間から邪魔者扱いをされる。しかも、日本が財政悪化したことで、「高齢者に金を使うのはもったいない」という考え方が広がりつつある。そこで、高齢者たちが「ふざけんな!」と不満を爆発させているのだ。定年退職しても上司気分が抜け切らず、「自分の言うことを聞け」と怒っている訳である。しかし、団塊の世代というのは、40代前半の働き盛りの頃にバブル景気を迎え、中間管理職として散々いい思いをしてきた連中だ。実際、日本の金融資産は約1500兆円あると言われるが、その内の6割以上を60代以上が保有する。その後、団塊の世代は経営陣に出世し、社会の中枢に座ったが、日本経済の凋落に何ら有効な手立てを打てなかった。そのツケが今、現役世代に回ってきているのだ。年金の給付金の割合を見てもわかるように、現役世代に待っているのは“悲惨な未来”。しかも、団塊の世代は人口が多いだけに、コイツらが後期高齢者になることで更に社会保障費が激増する。キレる老人? そんなものは、昔が忘れられないジジイ・ババアの甘えに過ぎない。老害に対してキレたいのは、寧ろ現役の世代なのである。この老害たちに対して、どんな引導を渡せばいいか? 最もいい方法は、高齢者たちに死んでもらうことだ。これこそ、双方にとって一番幸せな結果となる。18世紀のイギリスで出版され、現在も読み継がれている名作に、ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』がある。子供向けのファンタジー小説と勘違いしている人も多いが、ガリバー旅行記は空想旅行記の形を借りて、既成の社会や慣習を痛烈に批判した風刺小説だ。そして、この小説に登場する“空飛ぶ島”のラピュータは、1986年に公開された宮崎駿の長編アニメ映画『天空の城ラピュタ』(東映)のモデルともなった。このガリバー旅行記の第三篇に出てくるラグナグ王国の行には、究極の高齢者と言うべき“不死人間”が登場する。ストラルドブラグという名の不死人間の噂を聞いたガリバーは当初、「自分がストラルドブラグなら、あらゆる手段で金儲けをし、多くの学術的な成果を上げる等、どれだけ輝かしい人生を送れるだろうか」と夢想する。しかし、ストラルドブラグはあくまでも“不死”であって、“不老”ではなかった。老いによって目や耳や体が衰えているだけではなく、集中力も判断力も記憶力も無くなり、そのくせ頑固で意固地で気難しい。ストラルドブラグは、日々の不自由さに対する愚痴をひたすらこぼし、若者に嫉妬し、加齢と共に無駄に巨大化した強過ぎる自尊心で周囲の人間を見下すような、低俗極まりない高齢者に過ぎなかったのだ。その上、80歳で法的に死者とされ、以後、老いさらばえたまま、世界から厄介者扱いをされ続ける。この悲惨な生涯を知らされたガリバーは、「寧ろ、死こそ人間に与えられた救済なのだ」と考えるようになる。恐らく、宮崎駿もストラルドブラグの行を読んだ筈だ。長生きは美徳じゃない。高齢者は善良で賢明で穏やかな人徳者ではなく、敬うべき存在でもない。只の害悪なのだ。


キャプチャ  第22号掲載

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

送料無料【即納!】カツランド 白髪おじいさん
価格:1393円(税込、送料無料) (2017/7/21時点)

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

送料無料!カツランド お団子おばあさん
価格:1393円(税込、送料無料) (2017/7/21時点)

スポンサーサイト

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR