【平成の天皇・象徴の歩み】(09) 働く現場、最前線見つめ

20170726 08
「色々工夫していましたね。今は厳しいでしょう。大変でしょ?」――。天皇陛下は2009年11月、即位20年を祝う宮中茶会で、バネ製造会社会長の小松節子さん(77)に、そう声をかけられた。陛下は2007年7月、東京都大田区の『小松ばね工業』を視察された(※左画像)。同社の従業員は80人ほどだが、髪の毛よりも細い極小バネを製造する技術がある。カメラや電子機器類の軽量小型化が進む中、当時の業績は右肩上がりだった。顕微鏡を覗き、太さ約0.03㎜のバネの螺旋を確認した陛下は、「細かい作業で大変ですね」と従業員に声をかけられた。「これからも品質の良いものを作って下さい」という一言が、同社の誇りになった。だが、2008年9月のリーマンショックの影響で、受注量が大幅に減り、売上高は前年の6割に落ち込んだ。世界的な金融危機の前では、培ってきた技術力だけではなす術もなかった。その翌年、茶会に招かれた小松さんは、思い切って「バネ屋です」と陛下に声をかけたのだった。皇后さまからも「陛下も心配していました」と伝えられ、覚えているだけでなく、気にかけていてくれたことに感激した。「また頑張らなくては」と力が湧いたという。

陛下は皇太子時代から、企業の研究所や工場を訪れては、経済活動の最前線を自身の目で確かめられてきた。ここうした視察は、1989年の即位後だけでも計31回に上る。近年は、日本の先端技術を支える中小企業にも足を運ばれている。経済が右肩上がりの昭和から平成に代わると、バブルが崩壊し、“失われた20年”が続いた。陛下は元日に発表するお言葉で、「経済情勢が悪化し、多くの人々が困難な状況に置かれていることに心が痛みます」(2009年)、「経済の状況も厳しく、人々の生活には様々の苦労があったことと察しています」(2011年)と、毎年のように人々の暮らしを気遣われてきた。リーマンショック翌年の2009年5月、埼玉県の金型製造業『池上金型工業』を訪れた陛下は、社員食堂でカレーライスを口にされた。宮内庁から昼食の用意を頼まれた同社が、ホテルや仕出しの弁当の他、社食のカレーを候補に挙げると、“陛下のご希望”でカレーに決まった。社食の椅子に座った陛下は、「御所を改築したら窓ができて、風通しが良くなりました」等と世間話を楽しみ、カレーを完食された。昼食後は、従業員1人ひとりに「仕事の難しいところは何ですか?」「ご苦労様ね」と声をかけられた。社長の池上正信さん(58)は、「我々と同じものを『美味しい』と召し上がって頂いた」と感激したという。自慢のカレーと陛下のお言葉を糧に、ものづくりに取り組んでいる。2011年8月から2年間、中小企業庁長官を務め、陛下の視察に同行した『日揮』取締役の鈴木正徳さん(62)は、「陛下は直接、経済に関わる立場におられないが、労働の現場に足を運び、一生懸命働く人たちと喜びや苦労を分かち合うことで、人々の暮らしの支えになろうとされている」と感じたという。


⦿読売新聞 2017年6月23日付掲載⦿
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ジャンル : 政治・経済

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