【外国人材と拓く・手探りの現場】(02) なぜ実力でなく経歴か

20170727 02
政府は、“高度専門職”の在留資格を得るような外国人材の獲得に躍起になっている。高度な知識や技術を持つ研究者・技術者らで、経済成長に貢献するとみるからだ。昨年末で累計6669人を認定、2022年までに2万人を目指す。台湾出身の石聖弘さん(42)は4月、高度専門職の資格を得た。台湾でエンジニアとして働いた後、IoTの関連機器会社の日本法人を設立。「電力改革が進んで需要が増える。規制改革が進む日本は狙い目だ」。高度専門職は在留期間が最大無期限で、研究と経営等複合的な活動もし易くなる。中国出身の張延昭さん(31)は、医学研究の経験を生かし、医療サービス会社を起業。「研究者が自由に経営活動でき、新規事業もし易い資格だ」と語る。資格はポイント制で、学歴・職歴・年収等を基に加算し、70点以上で合格する。国は4月、加点要素の拡大で取得し易くした。永住権取得に必要な滞在期間も、5年を最短1年に縮めた。国際的な激しい獲得競争に対抗する為だ。

アメリカではドナルド・トランプ政権誕生で保護主義の機運が高まり、高度な専門人材向けビザの審査を厳格化。『科学技術振興機構』の浜口道成理事長は、「滅多にない科学者の大移動が起きる」と指摘する。ただ、今の制度に物足りなさもある。学歴・職歴・収入に重心があり、将来性や潜在力のある人材を引き出し難い。フランス出身の映像作品クリエーターであるバンジャマン・パロさん(36)は、高度専門職ではない在留資格に不便さを感じる。更新に一定の収入等が必要で、起業したばかりの今は厳しい。日本の古い芸術に関する作品作りが難しくなる。政府は来年度にも、“クールジャパン”を担うクリエーターを高度専門職の対象に含めることを検討中。パロさんの技能も含まれそうだが、有名芸術校卒業等が要素になる可能性が高い。有名校卒ではないパロさんは、「学歴と芸術のスキルは無関係。実力で評価されなければ不公平だ」とこぼす。「年収・学歴・職歴の加点要素を緩くして」との声が上がっても、関係者は「高度か微妙な人材を認めるのは国民の理解を得難い」。実力本位の選考は手探りだ。在留期間5年の高度人材の中で、勤務先が変われば変更申請が必要なことに不満が漏れる。台湾出身の彭仁暉さん(35)は、「通常の資格より手続きが面倒」。転職や起業を狙う技術者らに不評だ。海外は、高度人材の“卵”も囲い込む動きがある。イスラエルはイノベーションビザを創設。準備段階から支援し、起業すれば5年滞在できるエキスパートビザになる。トランプ政権の影響で人材流動化が進む世界。高度専門職に成長の担い手の役割を期待するなら、できあがった才能を呼び込むだけでなく、日本で羽ばたく人材を“先物買い”する発想がもっとあっていい。

20170727 05
■地域彩るドイツ人マイスター、新潟で古民家再生
美しい棚田の風景で知られる新潟県十日町市。この地に四半世紀暮らし、古民家の再生を続けるドイツ人の建築デザイナーであるカール・ベンクスさん(74・左画像)の事務所には、鮮やかに彩られたベルリンの壁の破片が飾ってある。第2次世界大戦中にベルリンに生まれたベンクスさんが6歳の時に、ベルリンは東西に分かれた。壁が建設される直前の1961年、東ベルリンで一緒に住んでいた母親と姉2人と別れて、単身、西ベルリンに渡った。19歳の時だった。父親は、ベンクスさんが生まれる前に、旧ソビエト連邦で戦死していた。家具職人だった父親は大の日本好きで、家には浮世絵や印籠等の日本の美術品があったという。「父親とはお互い顔を見ることはなかったけど、父の影響で日本への興味が膨らんだ」とベンクスさん。分断された故郷のベルリンを離れた後、日本人師範がいたパリの空手道場の門を叩いた。そして、1964年の東京オリンピック。柔道・無差別級でオランダ人のアントン・ヘーシンクが金メダルを取ったことに刺激され、1966年に空手留学の為に日本大学に通う。パリと東京で日本の格闘技を身に付けながら、ベンクスさんは内装やインテリアの仕事を極める。一旦ドイツに戻って、日本家屋をドイツに移築する仕事を手掛け、古民家を探す為に訪れた十日町市で、日本の原風景とも言える里山の景色に出合う。同市の山間部にある竹所という集落に、茅葺き屋根の空き家を見つけた。ベルリンとパリと東京という大都会でしか暮らしたことがないベンクスさん。「棚田と畑と山に囲まれた大自然があり、田舎だけど凄く不便でもない。集落の人たちも皆、親切。助け合いながら安心して暮らせる場所だと思った」。『ルフトハンザ航空』の客室乗務員で世界中の美しい町を知っている妻も、「これほど美しい土地は他に無い」と感激してくれた。その茅葺きの古民家を自宅として改装し、1993年に妻のクリスティーナさんと一緒に移住した。終の棲家だ。

1999年には古民家再生を手掛ける会社『カールベンクス&アソシエイト』を設立し、十日町市の地域づくりを自らの仕事にする。自由に国境を跨いできたベンクスさん。自由にできた最大の理由は、「子供がいないので学校や教育の心配が無かったこと」だ。ただ、外国人が日本で暮らす時に最も大事な条件を聞くと、「住まいだと思う」と即答した。「今の日本には、倉庫か家かわからないケーキ箱のような住まいが沢山ある」と嘆く。「外国人は日本の田舎の建物や景色が大好きなんです。日本人もヨーロッパに旅行に行けば、ドイツでもイタリアでもフランスでも古い街並みを訪ねるでしょ? 同じです。ところが、昔と違って今の日本の住まいには、美しさや遊びが無い」。ベンクスさんは、京都の桂離宮等、日本の伝統建築を世界に広めたドイツ人建築家のブルーノ・タウトの影響を強く受けている為、住まいの話になると止まらなくなる。「古い家を直して使えば、お金もかからないし景観も守れる。建築技術も継承できるし、空き家を生かせばゴミも出ないし、人が集まる。いいことばかりなんです」。ベンクス夫妻が暮らす竹所地区には、1959年のピーク時には39世帯237人いた。ベンクス夫妻が移住した1995年にはその4分の1まで減少し、2003年には9世帯23人まで減った。ベンクスさんは、同地区の古民家8軒を色鮮やかに再生させ、シェアハウスも含め約20人が移住、人口の自然減を十分補ってきた。現在は15世帯32人が暮らしている。竹所の前区長・五十嵐富夫さん(65)は、「カールさんが来てなければ、今頃、竹所は無くなっていたかもしれないよ」と笑う。ベンクスさんは漢字の読み書きができない。「最初は覚えようと思ったけど、あまりに難しくて新聞や本は今も読めない。でも、会話ができれば問題ないですよ」と笑う。好きな日本語の1つに“渋い”がある。「わび・さびと同じく、外国語に訳すことが難しいけど、日本文化の魅力を伝えるとても魅力的な言葉です」。会社の事務所がある『カールベンクスハウス』も、古民家旅館を再生させた建物だ。その1階は『渋い』と名付けたレストランで、地元の人や観光客の憩いの場になっている。ハウスに面した道路では、十日町市と共に景観再生プロジェクトが進む。こうした取り組みが評価され、今年1月には『ふるさとづくり大賞』の内閣総理大臣賞を夫婦で受賞した。「古い建物に価値があることに気付き、認めてくれたことが嬉しかった」とベンクスさんは話す。ドイツには、古い建物を壊すことを禁じた法律がある。「日本もドイツも、戦争で多くの町が破壊された。日本は戦後、使い捨ての時代になったと思う。でも、古い建物を直せば、新築よりも価値が生まれるんです」。受賞を機に、ベンクスさんは『古民家ファンクラブ』を立ち上げ、地域再生の活動を全国に発信し始めた。十日町市は、3年に1度開かれる世界最大規模の国際芸術祭である『大地の芸術祭』の舞台でもある。真夏の50日間、国内外から50万人以上の観光客が集まる。2018年の開催に向けた準備が今、地元では進んでいる。ベンクスさんが地域住民と共に再生を手掛ける古くて新しい街並みが、多くの人の目にも触れる。ベンクスさんが好きな東山魁夷の言葉がある。「古い家のない町は、思い出のない人間と同じである」。「まったくその通りだと思う」と言うベンクスさんの話を聞いていると、日本はそこそこいい国だと思えてくる。「ベンクスさんにとって、国とは何ですか?」。そう尋ねると、こう答えた。「私にとって、国とはここです。私の故郷は十日町です」。 (大久保潤)


⦿日本経済新聞 2017年7月19日付掲載⦿

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