【風俗嬢のリアル】(07) シズカの場合――手土産の無い名古屋の客たち

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長野のデリへルを終えたシズカは、愛知へ移動し、JR名古屋駅から数駅先にある、とある箱へルで働いていた。店は、風俗のテナントばかりが入った、地元では有名な風俗ビルの一室で、デリへルばかりを渡り歩いてきたシズカにとって、初めての店舗型へルスだった。周辺は飲食店やオフィスビルの並ぶごく健全な通りで、看板1つ出ていないそのビルは、何も知らなければまさか風俗ビルとはわからない外観だ。しかし、「名古屋在住の殿方なら知らぬ者はいない」と言われるほど、風俗のメッカとして有名なビルだという。「そこに出入りする女の子は皆、風俗嬢だってわかるから、マスクして出動する子が多いんですよ」。余所者であるシズカは、そんな女の子たちをよそに、堂々と顔を晒して出動していた。名古屋の店での在籍期間は、約1ヵ月。客の支払う金額は50分約1万5000円程で、女の子の手取りはその約半分だ。店内は20部屋程に分けられ、女の子たちは其々の個室で、専用のコスチュームを着て待機している。店の営業は深夜までだが、シズカは専ら昼をメインに出勤していた。「今日は5時間働いて、お客さんは4人。結構みっちりでしたね」。名古屋に来て、今日で3週間目である。店は忙しく、ひっきりなしに客が付いているようだった。「多分、期間限定って書いてあるから。それと、プロフィールの前職欄に『東京タワーで働いていました』って書いてあるんですよ。その2点に惹かれてやって来るお客さんが多いです。第一声が『東京タワーで働いていたって本当?』って言う人ばっかり。今日も4人の内、2人のお客さんと東京タワーの話で盛り上がりましたもん。1人は70歳くらいのお爺ちゃんで、昔の写真を封筒に入れて、『オープンから1年目の東京タワーだよ』って見せてくれましたね」。

実際にシズカが東京タワーで働いていたのは、学生時代のアルバイトで半年程の期間だ。それでも、プロフィールで“東京の女”をアピールできるのか、多くの男性が反応しているのは面白い現象であった。「名古屋に来て驚いたのは、皆、必ず時間内にイってくれることですね。シャワーに入る時間を抜いて、10分前にタイマーをセットすると、3分前くらいに皆、綺麗にイってくれて、残りの1~2分は脱力して、いい感じの時にタイマーが鳴る。ほぼ皆。それが出来なかった人は2~3人しかいない。『名古屋って凄い』と思いましたもん」。因みに他県では、時間内に射精できない客がザラにいるという。果たして名古屋人の特徴なのか、箱へルのしきたりなのか、シズカにもわからないようだ。「でも、手土産は全く無い。ジュース1つ無い。ここまで一切無いのは、全国回って初めてですよ。大体コンビニで買ってきてくれたりするけど、自分のお茶は買ってきても私には無い。指名のお客さんも、いつもいるほうなのに、名古屋では2人しかいないし、1回こっきりのお客さんが殆どですね。性欲を発散したいだけで、女の子側に気に入られようとは思っていないんだと思う。そういうドライさはかなり感じますね」。それでも、デリへルと違って移動時間のない箱へルは、シズカにとって居心地のいい職場だったようだ。店には寮が無く、シズカは近場で一番安いゲストハウスを自分で探して宿泊していた。今回、名古屋に1ヵ月いるのは、「ゲストハウスの長期割引で、長くいたほうが安く利用できるから」というシンプルな理由だった。「観光も見たいところが多いし、丁度いいかなって」。しかし、安いだけあって、長野より遥かに粗末なゲストハウスなのであった。ドミトリーには2段べッドがギュウギュウに押し込められ、10人寝れば人の熱気でムンムンする。ペラペラの布団はサイズが一回り小さく、足がはみ出そうだ。木の床は、スリッパで歩く度にギィィヤァァと呻き声のように響き、シャワーはチョロチョロとしか出ない。たった1日でも泊まるのを躊躇するレベルのタコ部屋である。しかし、驚くべきことに、このゲストハウスでシズカは珍しく人間関係を楽しんでいた。「ゴールデンウィークが明けたら、残っているのは長期滞在者と常連さんばっかりで、サークルみたいなノリで、皆、仲良いんです。私も学生時代のキャラになって、毎日ウィーイって盛り上がっていますよ。この前も皆でゼリーパーティーやったし」。コミュニケーションが嫌いと言っていたシズカからは信じられないような台詞だ。宿泊客の3分の2は外国人で、東南アジア・中東・ヨーロッパ、アメリカ等多国籍だという。オーナーは日本人で、日本人スタッフも数人いたが、皆40歳前後で、人生に挫折して生き方を模索しているモラトリアムばかりであった。しかも、全員が世界一周を経験してきた元旅人で、一癖ある変わり者ばかり。シズカにはそんな環境が性に合っていたらしく、毎日ハイテンションで暮らしているようだった。

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「朝からエンジンかかるんで、起きたら『おっはよーございまーす! おはよっ! おはよっ! おはよっ!』って皆に声かける。『朝から元気だね』って言われます」。意識的に明るくしているのは、「店と宿でキャラを変えたほうが精神のバランスが保てるから」だという。しかし、そんな生活も今日の朝までだったようだ。「いやぁ、実は本当に嫌なことがあって…」。そう言ったかと思うと、シズカはポロポロと泣き始めてしまった。一体、何が起きたのか? 事の発端は数日前、ゲストハウスの皆でリビングに集まっていた時のこと。仲の良い外国人が、シズカの携帯電話を使って、皆の動画を撮り始めたのだ。「その動画を送ってほしい」と頼まれ、拒否したところ、今日になってオーナーから責められたという。「動画ちょうだいってことは、メアドとかも全部わかる訳じゃないですか。『嫌だ』と思って断った訳ですよ。そしたら、『動画くらいいいじゃん。何でそんな躊躇してんの?』『メアドくらい大したことないんだから言えば?』みたいに言われて。メアド教えなくても送れる設定があるみたいだけど、そんなの知らないし。下着姿の画像とかも入っているから、画像選択する際にそういうのも垣間見えたら、『ナニコレ?』とか言われると思って断ったんですよ。そしたら私の人格否定までされて、目の前で泣いちゃって。結局、言い合いになってワーってなって、宿を出てきた感じなんです。もう本当に嫌だ。それがなければ名古屋、楽しく過ごせる予定だったのに…」。すっかりテンションを下げてしまっている。「動画なら、私に送ってくれたら、その人たちに渡してあげるけど?」と提案してみたものの、「もういい。逆に渡したくない。消去ボックスに入っているし」と頑なである。

しかし、よくよく話を聞くと、トラブルはそれだけではなかった。ゲストハウスで仲良くなった年上の女性ともギクシャクしているというのだ。「ある時、彼女がちょっと酔っ払ったのか、人生とか今後について深い話をしてきたんですよ。私も適当に深い感じに答えてたら、シンパシーを感じたのか、『メアド教えて!』って言われて、正直に断ったんです。『お姉さんが嫌な訳じゃなくて、誰にも教えていないんです。ごめんなさい』って。そしたら泣かれちゃって。それ以来、私がリビングに行くと、そそくさと個室に逃げられちゃうんです」。シズカが旅の途中で求めているものは、一期一会だ。どんなに表向き仲良くしても、そこはブレていない。「誰とも繋がっていたくない」というシズカの態度は、ここでも徹底していた。「ゲストハウスにいる人たちとはインスタントな関係。3分で出来上がり。それ以上は来るんじゃない。ははは!」。そのせいで、既に2人とトラブッている。「あともう1人…」。何と、未だいるらしい。「ちょっと私に好意を持ってるっぽい男性がいて、偶に『何日が暇?』とか『観光に行かない?』とか聞いてくるんですよ」。驚いたことに色恋沙汰にもなっていた。男はゲストハウスに長期滞在している20代で、近所で働いているという。「いい人なんで、その場で喋ったり、飲んだりとかはいいんですけど、宿を出て会おうみたいな感じはちょっと…」。まるで店外デートNGとばかりに、シズカは言った。男は積極的で、シズカをあちこちに誘ってくるらしい。それでも毎度の如く、シズカは躱していた。「全然好みじゃないの?」。私が聞くと、シズカは顔にハテナを浮かべた。「好み??? うーん、好みというのがわからない。先ず、恋??? 恋自体というものがわからない。キュンとするんですか?」等と言っている。一度は「蛍を見に行こう」と言われ、同意した。直前にゲストハウスの仲間を集め、同行させたという。2人っきりを想定していた男は、さぞガッカリしたに違いない。更に、その男から、ある日、こんなことを言われたという。「そういえば今日、○×通り歩いていなかった?」。それはまさに、風俗ビルに面した通りのことであった。通り自体は健全だが、風俗ビルに入っていく女性は100%風俗嬢である。「私はそれを聞こえない振りしてやり過ごしたんで、会話はそこで終わったんですけど、『若しかして見ていたのかな?』ってちょっと思うんですよ。そっから彼が急接近し始めたし」。そう言うと、シズカはフフフと不敵な笑みを浮かべた。シズカが風俗店で働いていることは勿論、ゲストハウスの住人は知らない。毎朝ラフな格好で、徒歩で出勤するシスカに、一見して怪しいところはない筈だ。ナチュラルメイクな為、ON・OFFの違いもあまり無いように見えたが、男たちは勘が良いようだった。「『化粧する日としない日があるよね』とか言われて。わかるみたい。外国人にも、『Oh! シズカ、今日は化粧しているけどどうしたんだい?』って聞かれましたもん」。

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宿泊客と仲良くなり過ぎたことが仇となったのか。シズカは、仕事を聞かれても、いつものように話題を強引に変えるという方法で躱していたが、1ヵ月という長期滞在の為か、その誤魔化し方にも限界がきていた。仕事も言わず、メアドも教えない、謎に包まれたシズカに対し、オーナーが妙な好奇心でシズカを探り始めたのだ。「『何しているの?』『昔、何していたの?』『今日はどこ行っていたの?』『メアド教えたくないの、何で?』って、オーナーが中心になって聞いてくるんですよ。しかも皆の前で、リビングでご飯食べていて、逃げられない状況の時に限って聞いてくる。何回かありましたもん。態とやっている」。まるで、シズカの特殊性が問題となって浮かび上がってくるかのような名古屋生活なのであった。夜になり、ゲストハウスに戻ると、数人の宿泊客がリビングに集まり、たわいもない話で盛り上がっていた。キッチンでは、シズカに泣かされた例の女性が、1人で黙々と料理を作っている。シズカの隣に私が立っているのを確認すると、「お友だち?」と不信感一杯に聞いてきて、私はヒヤリとした。セルフサービスのお茶を入れて飲んでいると、宿泊客の男性1人がシズカの横に座り、雑談を始めた。今日1日の面白かった出来事をハイテンションで話している。シズカはそれをギャグで切り返し、楽しそうに笑っていた。中身の無い会話だが、兎に角、笑って盛り上がるという雰囲気らしい。シズカは全員と仲が良いようで、廊下で外国人とすれ違う度に「Oh! ボビー」等と愛称で声を掛け、一言二言喋っており、この3週間、如何に馴染んでいたかが垣間見えるのだった。

シズカの名古屋観光は、既に終わっていた。回った場所は、世界一大きいプラネタリウムの『名古屋市科学館』、巨大万華鏡のある『三河工芸ガラス美術館』、喫茶店の『パブレスト100万ドル』、『喫茶マウンテン』・『吉浜人形紫峰人形美術館』・『サツキとメイの家』・『博物館明治村』・『桃太郎神社』・『南極観測船ふじ』・『リニア鉄道館』・『めんたいパークとこなめ』・『なばなの里』・『お菓子の城』、暗闇の中で笑う伝統行事『オホホ祭り』等々。中でもお勧めは、『竹島ファンタジー館』というB級スポットだという。幾つかの観光地はゲストハウスの仲間とも行っており、表向きは本当に仲良くしているようだった。食事は相変わらず質素だった。夜はスーパーマーケットで値引きされたお弁当を買って食べ、少し残しておいて、朝はその残りを食べるという。店にいる間は何も食べず、お腹が空くと『不二家』のミルキーを舐めるだけだ。「でも、名古屋名物は奮発して3600円のひつまぶしを食べましたよ。食べるというより、体験するみたいな感じかな。一応、観光の1つだと思っているんで」。やはり、シズカはブレていない。旅の目的は観光で、どんなに稼いでもお金は必要最低限しか使わない。シズカはこの3週間、ドミトリーでダニに刺されまくり、痒さのあまり夜も寝れない日々を送っていたが、ゲストハウスを変えるより我慢するほうを選んでいた。勿論、人間関係のトラブルも何のそのである。シズカにとっては安さが最優先なのだ。翌朝、2人でゲストハウスを出ると、シズカは他の宿泊客に「いってきまーす!」と笑顔で声をかけていた。私は、昨日の夜の会話で気になったことを聞いてみた。「そういえば昨日、ちらっと耳に入ったけど、出身地は嘘吐いているの?」「ははは! そうです。皆の前では、出身地も誕生日も全部嘘。取り敢えず、自分に関わることは教えたくないですね。名前は、身分証の提示があったから今回は嘘書けなかったけど、ビジホや旅館に泊まる時は、まるっきり嘘の名前を書いてますよ。別人になれたほうが、素じゃなくていい、作ってもいいみたいな。そのほうが楽だし、楽しいんです」。私は何だか恐ろしくなった。あれだけ皆と仲良くしていても、実際は完全に壁を作っているのだ。「でも、楽しいんですよ。自分でも仲良くしているんですよ、心の底から」。しかし、一旦その県を離れてしまえば、スパッと切れる関係しか作っていない。「ずっと友達、なんかじゃないです。寧ろその逆。だから、『メアド教えて』って言われるのは嫌悪感」。何故、そこまで徹底する必要があるのか、私には不思議だった。「相手が変わっていくのを見たくないんですね。自分が変わっていくのも見られたくない。例えば、大学時代の友だちと10年後に会ったとしたら、もう昔のキャラクターじゃなくなっていたとしても、会えば『私は10年前のキャラクターでいなきゃ』って思うんです。変わってしまった自分を知られたくないから。『当時の人の前では、当時の自分でいなきゃ』って思うんです。変わっていくほうが自然な流れだってわかるけど、思い出が汚されるくらいなら、変わっていく様は見たくないですね」。シズカの旅の目的は、自分の居場所を無くしていくことだ。観光した県に重線を引き、削ぎ落とした先に何が残るのかを見ようとしている。「ゲストハウスでのトラブルも、逆にこれで良かったんです。最近まで『また戻ろうかな』って気持ちもあったんですが、この件で嫌になっちゃったんで、絶対にもう愛知には戻らない。逆に愛知を切り捨てられるから、私にとっては良かったんです」。 (取材・文/写真家 インベカヲリ★)


キャプチャ  2017年7月号掲載

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