【中外時評】 トランプ現象、始まりは9.11

フェンスで囲われた一帯には瓦礫がうず高く積もり、あちこちから未だ白い煙が立ち上っていた。2001年11月下旬、9.11同時多発テロから約2ヵ月後に訪れたニューヨークのグラウンドゼロには、未曽有のテロの爪痕が生々しく残っていた。それから16年。先月下旬に再訪した同地は、姿を大きく変えていた。『世界貿易センター』の跡地には、全米一高いビルや大型ショッピングモールが聳え、新たな観光名所として活気に溢れていた。約3000人の犠牲者の名を刻んだ追悼記念碑の隣に『9.11博物館』がある。平和に満ちた屋外から中に入ると、景色は一変する。崩落した世界貿易センターの鋼鉄の残骸や、焼け焦げた消防車等、当時の惨状を示す展示が並ぶ。印象深かったのは、政治指導者らの肉声で綴った短編映画だ。当時、国家安全保障担当の大統領補佐官だったコンドリーザ・ライス元国務長官の証言があった。「テロを受けて北大西洋条約機構(NATO)は、一加盟国への攻撃は全加盟国への攻撃と見做す第5条を、史上初めて適用した。旧ソビエト連邦のヨーロッパ攻撃を念頭に置いていた条文が、(テロリストの)アメリカへの攻撃に適用されたのだ」。テロ直後にライス氏とロシアのウラジーミル・プーチン大統領が交わした会話も興味深い。「当時、米露は軍隊を相互監視し、アメリカ軍が警戒態勢を取るとロシア軍も追随するのが常だが、プーチン大統領は『アメリカ軍が警戒態勢なのは承知しているが、ロシア軍は警戒態勢を解除した』と伝えてきた」。ライス氏はこの時、東西冷戦が終わったことを実感したという。今年5月、ドナルド・トランプ大統領は、NATO首脳会議で第5条支持を明言せず、ヨーロッパの首脳たちを仰天させた。後に支持を表明したが、トランプ大統領は恐らく9.11当時の経緯を知らなかったのだろう。米露関係も今は当時と比ぶべくもない。

同時テロ直後の世界は、アメリカに温かかった。多くの外国人が働く国際都市・ニューヨークへの攻撃は、グローバル経済への挑戦と受け止められた。ジョージ・W・ブッシュ大統領(※当時)の“テロとの戦い”は、“反グローバル化との戦い”とも共鳴した。振り返れば、この時が“グローバル資本主義の盟主”としてのアメリカの終わりの始まりだったのかもしれない。9.11博物館の映画は、テロ後のアフガニスタンのタリバン政権打倒までで終わり、その後のアメリカの迷走ぶりには一切触れていない。アメリカは当初のテロへの報復を越え、海外にアメリカ流民主主義を広げる戦いに戦線を拡大。大量破壊兵器の開発疑惑を根拠に、2003年のイラク戦争に突き進み、国際信用を失った。国内でも厭戦気分から孤立主義の傾向が強まった。そこに2008年のアメリカ発の金融危機が追い打ちをかけ、グローバル化・自由貿易への不満が燻り始めた。ブッシュ大統領の後任のバラク・オバマ前大統領は、国際協調とグローバル化でアメリカの再生を目指したが、昨年の大統領選でトランプ氏当選の原動力となったのは、孤立主義・反自由貿易の思潮だった。その原点には、9.11でアメリカが負った深い傷がある。アメリカと共にイラク戦争を戦い疲弊したイギリスで昨年、国民が『ヨーロッパ連合(EU)』離脱に賛成票を投じたのも偶然ではないだろう。イラク駐留アメリカ軍司令官を務めたデヴィッド・ペトレアス元長官に、“9.11”の意味を聞いてみた。「9.11は人類の歴史を変えた出来事だ」と答えたが、その後は「今はそれを振り返るより、現実に直面する問題に取り組む時だ」と多くを語ってはくれなかった。9.11の3ヵ月後の2001年12月11日に『世界貿易機関(WTO)』に加盟した中国は、それを足がかりに高速成長を遂げ、今では『一帯一路』等国際構想を語る。一方のトランプ大統領は、今月初めの『20ヵ国・地域(G20)』首脳会議で、アメリカが主導してきた国際秩序の破壊者のように振る舞った。9.11以降にアメリカ国民が抱いた不安から生じた孤立主義や反グローバル化の感情。たとえトランプ大統領がいなくなっても、簡単には拭い去れないだろう。その根っこの問題に対処しない限り、アメリカの真の復権は難しいかもしれない。 (上級論説委員 藤井彰夫)


⦿日本経済新聞 2017年7月27日付掲載⦿
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テーマ : 国際政治
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