【ヘンな食べ物】(48) ベトナム戦争と大ナマズ

前回、タイの爆発ナマズ料理を紹介したが、実はもっと強烈なナマズ料理がある。というより、恐らくこれを超えるナマズ料理はないだろう。何しろ、材料が違う。メコン川の大ナマズなのだ。現地名はプラーブック。学名の響きも凄くて、パンガシアノドンギガス。世界で最も大きい淡水魚はアマゾンのピライーバというナマズらしいが、こちらは体重ではピライーバに勝るという。つまり、世界で最も重い淡水魚だ。タイのメコン川沿いにある東北部のナコンパノムという町で食べられると聞いて、今から20年ぐらい前だろうか、態々寝台列車に乗って行った。ところが、現地に着いてみると市場に大ナマズは見当たらず、食堂やレストランでも「今は無い」と言われた。あるレストランバーで、レックさんという60歳ぐらいのオーナーが、事情を詳しく説明してくれた。それによれば、元々大ナマズの生息地はもっと上流部、タイの北部にあるという。そちらはこの辺よりも川がずっと深く(※水深100mに達する場所もあるとか)、底が岩場になっていて水温が低い。それが大ナマズの好みなのだという。でも、雨季になって水が増えると、大ナマズは諸国漫遊の旅に出る。ラオスやカンボジアから、果てはベトナムのホーチミンまで行くというのだから、冗談ではなく諸国漫遊なのだ。では何故、通り道の1つでしかないナコンパノムだけが、大ナマズ料理で知られるようになったのか? レックさん曰く、「それはベトナム戦争と関係がある」。実は1950年代までは、大ナマズはメコン川の“ピー(精霊)”として恐れられ、捕まえてはいけなかったという。

ところが、ベトナム戦争が始まると、このナコンパノムにアメリカ軍基地が建設され、メコン川流域最大の町となった。アメリカ兵が大挙してやって来て、彼ら相手のバーや娼館が大繁盛し、その頃から“ジャイアントキャットフィッシュ(大ナマズ)”がここの名物になったそうだ。レックさんにも因果関係はわからないようだったが、アメリカ軍の到来により、恐らく現地の人々の価値観が変わり、大ナマズの精霊の祟りより、アメリカ兵相手の商売を気にするようになったのではないか。尤も、大ナマズに対する畏敬の念は消滅した訳でなく、私が訪れた当時でも、チェンライやチェンコンといった北部の町では、「大ナマズの漁に出かける時には“ピーを鎮める儀式”を行う」とのことだった。しかし、「残念ながら時代は変わった」とレックさんは嘆く。「昔は体長3m、体重150㎏という巨大ナマズがうじゃうじゃいたんだよ。今じゃ1m半の小物が精々だ」。数も減った。タイ政府は、大ナマズを捕ったら必ず役所に届け出るように義務付けている。オスだったら精子を、メスなら卵巣を取り出し、人工授精させるという。日本でサケを対象に行っているのと同じ事をしているらしい。ただ、日本ではサケの稚魚を川に放流するが、こちらではダムや貯水池に放すという。多分、折角の稚魚が成長後に諸国漫遊の旅に出られては困るからだろう。このような事情で、今、大ナマズは定期的に市場に入ってこない。時折、漁師の網にかかると、彼らの馴染みの飲食店に入荷する仕組みだという。「これじゃ、大ナマズ食えないじゃん」とガッカリしたが、ただ「調理法だけでも訊こう」と大ナマズ料理を売りにしたレストランを訪れたところ、目を瞠った。店の若い男が、2人がかりで大ナマズを店に引きずり込んで来るところだったのだ。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年8月3日号掲載
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