【シンゾウとの距離・改造前夜】(05) 稲田朋美…庇護が生んだ痛手

20170804 04
「撤回と謝罪をしたほうがいいな」――。首相・安倍晋三(62)の声は、意外にも落ち着いていた。先月27日の東京都議選の応援演説で、「自衛隊としてもお願いしたい」と発言した防衛大臣の稲田朋美(58・右画像)。「自衛隊の中立性を損ないかねない発言」とメディアが一斉に報じたのを受けて、慌てて連絡を取ったのが安倍だった。選挙期間中というタイミングでの稲田の不適切発言で、野党は罷免を要求。与党内からも資質を疑問視する声が相次ぐ。来月に予定する内閣改造・自民党役員人事では、稲田の防衛大臣続投を予測する声は最早、党内で皆無となりつつある。昨年8月の防衛大臣就任後、稲田には過酷な日々が続いた。土日返上で官僚から政策の説明を受け、週1回だった国際情勢の報告も毎日させるようにした。「いつでも出られるよう、寝室の横に服を揃えているの」。緊迫度を増す北朝鮮情勢への対応にも追われた。そんな中で今年2月、最大の試練が襲う。南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題だ。“廃棄”と説明していたデータの存在が発覚。稲田自ら事実関係の把握に乗り出したが、自らの知らないところで“存在しない”筈のデータ残存や組織的な隠蔽が、次々と報じられた。「未だ何か出てくるの?」。強気だった稲田も、流石に25万人規模の実力組織である自衛隊の統治への不安を漏らすようになった。

首相周辺から「防衛省が大臣の足を引っ張っている」と同情論も出たが、稲田の下でどこまで原因究明できるかも焦点となる。風当たりの強さは、当選4回ながら防衛大臣に抜擢されたことへの嫉妬とも無関係ではない。防衛大臣の前は党三役である政調会長、その前は行政改革担当大臣を務めた。「一貫して重要ポストに居続けられたのは、偏に安倍の庇護があったから」というのが、永田町の一致した見方だ。稲田と安倍との出会いは2005年に遡る。当時、党幹事長代理だった安倍が、保守派の弁護士だった稲田を若手の勉強会に講師として招いた。靖国参拝問題等に鋭く切り込む稲田に一目惚れした安倍が、同年の郵政選挙の刺客候補として口説き落とした。「安倍さんがいなかったら私は政治家になっていません。思想信条はほとんど一緒」。週刊誌のインタビューで、稲田も安倍との関係をこう語っていた。安倍は、出身派閥である細田派の後継“四天王”の1人に必ず挙げる。「初の女性首相候補に育てようとした」との見方は多い。「表情はしおらしく見えるから攻め易いが、内面はそうじゃない。攻撃側になると元気になるんだ」。安倍の稲田への評価は高い。防衛大臣への抜擢も、安倍の期待あってのことだった。それだけに、稲田も安倍の期待に応えようとしてきた。政調会長時代、自ら「政治家なら誰でも首相を目指す」と公言したのも本心だった。各省庁等との勉強会を積極的に主催。“ポスト安倍”を意識し、政策の幅を広げて、“保守”一枚看板の政治家からの脱却を試みようとした。「色んな事を急いでやり過ぎてきた」。四面楚歌となる稲田は最近、周囲に吹っ切れた一面も見せる。稲田と親しい自民党中堅も、「議員としての幅を広げる丁度良い機会だ」と、次に備えるべきだとアドバイスする。それでも、安倍の口から稲田を批判する声を聞いた議員は少ない。安倍政権内では数少ない財政規律派である稲田には、財務省内にもファンが多い。試練となった防衛大臣。次に繋げられるかが問われている。 《敬称略》


⦿日本経済新聞 2017年7月19日付掲載⦿
スポンサーサイト

テーマ : 政治のニュース
ジャンル : ニュース

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR