【オトナの形を語ろう】(36) 金は人間がこしらえた価値を測る道具でしかない

「金に翻弄される人間になるな」というのが、私の考えである。所詮、金は人間が拵えた価値を測る道具でしかない。人間が拵えたもので、人間が悲劇の中に立たされるのは、愚か以外の何ものでもない。私が車の運転を止めたのは、私の知人が、私が同乗している折、子供を撥ねて死亡させたことが原因だった。その日の早朝、私は彼の運転する車の助手席に乗り、ゴルフ場に向かっていた。知人は前夜も徹夜麻雀をしていたらしく、赤い目をして私を迎えに来てくれた。途中、高速道路が事故で渋滞し、ティータイムぎりぎりの時間になり、千葉の田舎道を走行している時、飛び出して来た少年の乗る自転車とぶつかった。大した衝撃でもなかったように感じたが、少年は道路に仰向けになっていた。人間は簡単なことで死んでしまう。況してや子供である。通夜・葬儀に出て、3ヵ月後には前橋の交通刑務所に知人の面会へ行った。「運が無かったよナ、俺」と知人は言った。「そうだったな…」と私は返答をしたが、胸の中で「未だ、そうとしか考えられないのか?」と正直思った。その後、一度面会に行ったが、知人の考えていることは以前と同じだった。2回目の面会の後、東京へ向かう電車の中で思った。「所詮、人は自分を中心にした輪の中でしか物事を考えることができないのだろう」。

同時に、知人が哀れに思えた。不運に見舞われたと思っている知人と、自分が犯した罪の何たるかがわかっていないということに対してである。車なんてものは、人間が拵えたものではないか。その人間が拵えたもので人間が不幸になってしまうことほど、愚かなものはないのではないか…。金というものにも、その考えは当て嵌まる。金のことで得をした、損をしたということも、金で大儲けをした、破産したという世間の話も、人間が拵えたもので、人間が齷齪し、喘いでいることに変わりはないのではないのか。愚かなことである。況してや金に詰まり、追い込みをかけられるわ、家族は四散するわ、最後は僅かばかりの保険金の為に自死をしたりすれば、これほど愚かなことはない。今、世間で、金の話や、それにまつわる話を平然としたり、本を上梓している輩は全て、金を持っている人間である。金は厄介なもので、持てば人間を傲慢にさせる。当人がそう思っていなくとも、言葉の端々や文章の中に、その傲慢さは出る。金を持つ人間には、その傲慢さは見えない。金を持たない人間は、只々、金を持つ輩のやり方を信じるのである。「余るほどの金を持つヤツに碌な奴はいないから」。私はいつもそう言う。実際、私がこれまで逢ってきた人間の内、必要以上の金を手にした輩で、真面な態度や考え方の者は誰一人いなかった。

中でも、つい一昔前まで金策に追われたり、人に借金をしながらキュウキュウに生きていた人間が、金を手に入れた瞬間から、人が変わったように、燥ぎ、威張り、傲慢な態度を平然とする。私は、相手が友なら諌める。「何をバカやってんだ、この野郎。たかが金が入ったくらいでイイ加減にしろ!」。ところが以前は、こっちの話に少しは耳を傾けていた男が、明らかに私の話を聞いていない。そういうことを目にする度に、「金は厄介なものだ」と私は思った。今、私の文章を読んでいる読者の殆どが、金が無い人たちである。そういう人間が考えるのは、「如何に金を手に入れるか?」ということが最優先する。「それじゃダメなんだ」と私が言っても、恐らく、話は聞くまい。現実を見れば、そう考えるほうが正しいのだろうが。それは取り敢えずの解決策であって、そうして得た金が所詮は身に付かないことがわかっていないのである。金は所詮、人間が拵えた約束事の価値なのである。人間には金では替えることができないものがあるのは事実であり、それが世間・浮き世・社会というものなのだ。「金を持っていれば、それだけで偉いのか?」「金さえあれば何でも手に入れることができるの?」――2つの問いに、私は「ノー」と言うだろう。若い時は、峠や、山の頂を仰ぎ見た時、その先に何があるのかがわからないし、不安にもなる。しかし、それは誰にも見えなかったし、不安で当然なのだ。「金だけのために生きるナ」。それが私の考えである。 【続く】


伊集院静(いじゅういん・しずか) 本名は西山忠来。作家・作詞家・在日コリアン2世。1950年、山口県生まれ。立教大学文学部日本文学科卒業後、『電通』に入社。CMディレクター等を経て、1981年に作家デビュー。『愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない』(集英社)・『大人の男の遊び方』(双葉社)・『無頼のススメ』(新潮新書)等著書多数。近著に『旅人よ どの街で死ぬか。 男の美眺』(集英社)。


キャプチャ  2017年8月14日号掲載

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