“情報戦争”の勝者は誰だ――ソフトパワー戦略見直しはトランプ大統領の下では空論に過ぎない

20170809 01
『ノースロップグラマン』製のステルス爆撃機『B2』は恐ろしい兵器だ。全く探知されないまま数千㎞も飛行でき、どんな標的にも熱核爆弾を落とせる。アメリカ政府の試算では、アメリカ空軍は稼働中のB2爆撃機の開発と配備に、1機あたり平均21億ドル(約2300億円)を費やしているという。こうした兵器を開発できる資金や技術がある国は殆ど無い。核兵器と精密誘導ミサイルにおけるアメリカの圧倒的優位は健在だ。だが、急激に変化する世界にあっては、それだけでは十分と言えない。例えば、ハイジャックテロはB2爆撃機にかかる経費に比べ、微々たるコストで実行できる。政府が支援するハッカーも、巨額資金が無くても他国の銀行や交通インフラ、そして民主的な国の選挙にまで大混乱を引き起こせる。バーチャルな世界では、相手の意図や能力を判断する手段が無いに等しい。自分が勝っているか負けているかすら確証を持てない。こうした曖昧さは、欧米諸国の軍事力を破壊しようと目論む者にとっては理想的だ。中国の戦略家は、この新局面を逸早く詳述した。1999年、中国人民解放軍の将校2人が『超限戦』という本で、あらゆる戦争に不可欠な3つの要素――つまり、兵士・武器・戦場が劇的に変化したと指摘した。兵士にはハッカー・投資家・テロリストが含まれる。彼らの使う武器は、民間機からウェブブラウザー、コンピューターウイルス等多岐に亘り、世界のどこでも戦場に変えられるという。

ロシアも多様な“武力”を用い、近年、ジョージア(※旧国名グルジア)とウクライナに軍事侵攻する一方、両国とエストニアにサイバー攻撃を仕掛けている。昨年のアメリカ大統領選へのハッキング疑惑も拭えない。加えて、“ニセ情報作戦”も強化している。ロシア問題専門家のマーク・ガレオッティ氏が言う“情報の武器化”だ。国営テレビのキャスターを務めるドミトリー・キセリョフ氏によると、「情報戦争が主要な戦闘行為になっている」という。アメリカ国防総省の元高官は、「多方面に及ぶ脅威に対抗する為、欧米諸国は社会を守るソフトパワー戦略を見直し、国家全体で取り組まなければならない」と主張する。尤も、アメリカ大統領の座にドナルド・トランプ氏がいる限り、こうした考えは机上の空論だ。トランプ大統領は旧来の軍事設備を増強しようとしている。それだけでなく、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛し、『北大西洋条約機構(NATO)』の集団的自衛権にすんなりとは支持を表明せず、アメリカのメディアを「フェイクニュースを流している」と非難している。ロシア政府にとっては、この上なく御し易い存在だ。インターネット上の情報戦で、ロシア政府は既に勝利を収めたようだ。しかし、プーチン大統領の側近は、勝利に酔い痴れる前に、欧米諸国がロシアとは違い、特定の個人や機関だけに依存している訳ではないことを肝に銘じるべきだろう。現に、アメリカ議会は大統領選への介入を理由に、対露制裁を強化しようとしている。ロシア国内でも、野党指導者のアレクセイ・ナワリニー氏が年初、ドミートリー・メドベージェフ首相の腐敗疑惑を追及する動画を公開した。ソーシャルメディアで2400万回近く再生されている。独裁国家がどれだけ情報の武器化に長けていても、それは最早、指導者だけの専売特許ではなくなりつつあるのだ。 (John Thornhill)


⦿フィナンシャルタイムズ 2017年7月25日付掲載⦿
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