【霞が関2017夏】(11) アイドルを独禁法で守れるか…公取委が研究会

カルテルや企業の独占行為の摘発を担い、一般の人々には殆ど馴染みのない『公正取引委員会』。霞が関でも一際特殊なこの役所に、先月以降、昨年解散した『SMAP』を始めとするアイドルファンからの“激励電話”が相次いでいる。「雇用契約を結ばず働くフリーランスの人材の保護の為、公取委が独占禁止法の活用を模索している」と報じられた為だ。それが何故、アイドルファンを刺激したのか? 公取委は今月にも専門家による研究会を作り、厚生労働省やスポーツ庁等と一緒に労働市場と独禁法の関係について議論する。委任契約や請負契約で仕事をし、雇用契約を結ばないが為に労働法制に守られていない人材が、企業に不利な取引条件を押し付けられるのを防ぐ為だ。そうした“雇用契約によらない働き方”をしている人材の典型が、芸能人やプロスポーツ選手。実際に公取委は、芸能人やプロスポーツ選手の契約実態を把握しようと、大手芸能事務所やプロ野球球団等に接触している。そうした動きの一部が報じられ、「解散の背景には事務所との確執がある」とみるSMAPファンの期待を高めたという訳だ。ただ、公取委は「個別の業界の摘発を想定した研究会ではない」(幹部)と、やや困惑気味。研究会での議論も、プログラマー、システムエンジニア、デザイナー等のように、フリーで働く専門人材全体をカバーする内容で、現時点ではややファンの期待先行といった状況だ。とはいえ、これまで公取委と芸能界やプロスポーツ界の間には、浅からぬ縁がある。古くは1950~1960年代に遡る。『松竹』・『東宝』・『東映』等大手の映画製作・配給会社6社が、「他社と契約している俳優が出演した映画は、自社の系列映画館で上映しない」という趣旨の協定を締結。これを公取委が問題視したが、東宝が協定脱退したのを機に状況が改善した為、不問となった。

1978年には参議院の法務委員会で、プロ野球のドラフトがカルテル(=不当な取引制限)に該当するかどうかが議論になった。ここに出席した公取委幹部は、「プロ野球の選手契約は雇用契約に類似した契約であり、独禁法が想定する“取引”とは違う」と答弁して、「カルテルには該当しない」という考え方を示した。要するに、「独禁法が対象としているのは、独立した事業者同士の“取引”で、雇用契約のようなものは対象外」ということだ。僅か3往復程度のやり取りだが、この答弁はその後も引き継がれることになる。『日本プロ野球組織』が1994年、新人選手の契約金への上限設定が独禁法に触れないかどうかを相談した際にも、公取委はこの考え方を基にして、「直ちに違反するものではない」と口頭で回答した。独禁法専門家の中では、こうした公取委の姿勢を疑問視する声が予てよりあった。優秀な人材の確保競争が激化し、企業と人材の関係が多様化する中で、「『独禁法が保護対象としている類の契約ではなさそうだから』という理由だけで何もしなくて良いのか?」という問題意識だ。独禁法が専門の池田毅弁護士も、予て問題提起をしてきた1人。「芸能人と事務所のトラブルに限らず、雇用契約によらない働き方が広がる現在では、独禁法を活用できる範囲は広がっている」とみる。ある著名な独禁法研究者もツイッターで、「雇用契約が独禁法の適用対象外と考えたことはない」との考え方を示し、労働分野での活用に前向きだ。公取委の杉本和行委員長は、「インターネットを通じて企業と人材がマッチングされることで、フリーランスという就労形態が今後増える。嘗て類似した労働形態が存在したのが、芸能界やプロスポーツ界。こうした世界への独禁法の適用は、これまでグレーゾーンとして対応してこなかった」と話す。副業・兼業等も含めて1000万人以上いるとされるフリーランスの人材。そうした人々にとって、フェアな働き方とは何か? 働き方改革の本質に関わる議論が、霞が関の意外な場所で始まろうとしている。 (八十島綾平)


⦿日本経済新聞電子版 2017年8月1日付掲載⦿
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