【ヘンな食べ物】(49) 極上のトムヤム!

タイのメコン川沿いの町・ナコンパノムへ、“世界最重量の淡水魚”と言われるメコンオオナマズを食べに行った時の話の続き。中々入荷しないと聞いていた大ナマズだが、偶然にも私がレストランを訪れた時、漁師から届いたところだった。店のおばさんは、「今じゃこんなちっちゃいヤツしか捕れないんだよね」と残念そうな顔をするが、いやいや、これだって相当でかい。体長1.2m、体重30㎏なのだから。これを7500バーツ(※当時のレートで約2万2500円)で買ったとのこと。店のシェフが鉈のような中国包丁で背中にツーッと切れ目を入れると、意外や意外、赤身の肉が現れた。普通のナマズは白身肉だ。根本的に種類が違うのかもしれない。しかも、表皮と肉の間には黄色い脂身がびっしり。「こりゃ美味そうだ」と思わず涎が垂れてくる。「どんな料理が食べたい?」と訊かれて、私は“トムヤム”と“プラーペッ”を希望した。現地の事情通・レックさんが、「その2つの料理が最高だ」と言っていたからだ。“トムヤム”は色々な具材を入れた辛いスープのことで、日本では専らトムヤムクン(※“クン”は“エビ”の意味)で知られているが、他にもトムヤムガイ(※ガイは鶏肉)とかトムヤムプー(※プーはカニ)とか色々ある。私が注文したものを敢えて名付ければ、トムヤムプラーブック(※大ナマズのトムヤム)となろうか。それから、プラーペッは“辛い魚”の意味で、ピーマンや赤タマネギ等の野菜とトウガラシを一緒に炒めた料理。使われた肉は当然のことながらごく一部だが、それでも調理されてテーブルの上に出てくると、結構な量だ。

正直言って、味にはあまり期待をしていなかった。大きい魚は概して大味であるし、このナマズ、タイ国内でも特に有名という訳ではない。「でかいから話題性があるだけなんだろう」と思っていた。或いはゲテモノか珍味なのかもしれない。勿論、ゲテモノ好きの私はそれで十分に満足なのであるが。ところが一口、プラーペッの肉を食べてびっくり。ゲテモノでも珍味でもない。というより、むちゃくちゃ美味い。薄切りにした赤身の、引き締まりつつも柔らかいという肉は、普通の魚より動物の肉に近い食感だった。これまで私が食べた肉の中で、“魚と動物の肉の中間みたいな味”というのは幾つかある。ワニ、ピラルク、チョウザメ等がそうだが、何れも白身。赤身の中間系は初めてだった。因みに、この20年後(※つい最近)に食べたミンククジラ肉は、“魚と肉の中間で赤身”だったが、脂分が少なかった。でも、大ナマズはとても脂がのっていた。やはり、どれにも似ていない。美味いのは肉だけではない。それにひっ付いている皮とゼラチン質の皮下脂肪がコリコリしてたまらない。旨味がジュウッと滲み出る。トムヤムは、スープ自体がこれまで食べたどんなトムヤムよりも美味かった。旨味と脂身が質量共にたっぷりな大ナマズ肉のほうが、小さなエビやカニより余程いいダシが出るようだ。しかも、具にもしっかり旨味は残っている。大ナマズは、肉の美味さもダシとしてもジャイアントであった。扨て、あれからざっと20年。今、大ナマズはどうなっているのだろう? 更に大物は珍しくなり、数も減っているのかもしれない。メコン川の“ピー(精霊)”への敬意を失わず、大切に少しずつ食べていってほしいと思う。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年8月10日号掲載
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