【中外時評】 “ツキジデスのわな”防ぐには

1990年代初め、『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』という本が出たのを覚えている人は、どれくらいいるだろうか? アメリカの学者が「歴史は繰り返される」として、「日米は再び戦争に突入する」と予想した本だ。当時会った著者の1人は、「第2次太平洋戦争は不可避だ」と大真面目に語っていた。東西冷戦が終わり、アメリカへの脅威として日本の経済パワーが注目されていた頃だ。勿論、日米はその後、戦争どころか強固な同盟関係を保っており、今振り返れば奇書の類いと言えるかもしれない。当時も、「アメリカと戦争なんて荒唐無稽だ」と感じる日本人は多かった筈だ。時は移り、今、アメリカの学者らが議論している問題に、「猛烈な勢いで台頭してきた中国との衝突は避けられるか?」というテーマがある。アメリカの政治学者であるグレアム・アリソン氏が唱える“ツキジデスの罠”は、その代表的な議論の1つだ。古代ギリシャの歴史家・ツキジデスは、アテネとスパルタによるペロポネソス戦争を詳述した『歴史』で知られる。「アテネの台頭と、それに対するスパルタ人の恐怖が戦争を不可避にした」とするこの書の分析に着目したのが“罠”論だ。新旧の大国同士が、互いに戦争などしたくなかったのに、恐怖心等から過剰に反応し、遂には衝突に至ってしまう――。そういう行動パターンが現代にも当て嵌まるかという問題意識である。アリソン氏によると、事例は古代ギリシャに留まらない。「過去500年間にみられた世界の主要な覇権争い16事例の内、実に12事例が戦争に発展した。米中も、この罠に嵌まりかねない」と本紙のインタビューで語っている(※7月21日付朝刊)。『防衛研究所』国際紛争史研究室の石津朋之室長は、「欧米では、第1次世界大戦勃発100年にあたる2014年を機に、大戦を総括しようという機運が生まれた」と指摘する。

その中で、第1次世界大戦で衝突したドイツとイギリスは、新たに台頭してきた国と覇権国の関係であり、「今の中国とアメリカにあたるのではないか?」という議論が出てきたという。罠論には異論も少なくない。「米中と嘗ての英独やアテネ・スパルタとは異なる」との指摘がある。それでも議論が止まないのは、中国との関係をどう築くべきかが見えず、アメリカが不安心理を抱いている現実があるからだろう。自国が築いた覇権の行方や安全保障という観点からの関心が強いアメリカに対し、ヨーロッパの中国を見る目は少々異なる。歴史の経緯もあり、地理的に遠い中国よりも、安全保障上の関心は専らロシアや中東に向いてきた。昨年夏、中国の南シナ海での主権の主張を退ける仲裁裁判所の判決が出た後、『ヨーロッパ連合(EU)』は声明の取り纏めに手間取った。中国マネーの取り込みに熱心なギリシャやハンガリーが、厳しい批判に反対した為だ。28ヵ国を抱えるEUは一枚岩になり難い。中国のヨーロッパ接近戦略の柱の1つが、海と陸の現代版シルクロードと呼ばれる『一帯一路』構想だ。陸路は中国からヨーロッパまで鉄道で繋ぐ。ただ、中国が足元に勢力圏を広げることに、ヨーロッパは今後、不安を感じるようになる可能性がある。東京外国語大学の渡辺啓貴教授は、「ヨーロッパは、中国の人権問題に対する手綱を緩め、経済優先でやってきた。しかし、ユーラシア大陸のヨーロッパの影響圏に経済や外交面での攻勢が及んでくるにつれ、警戒感を強めつつある」とみる。中国とどう向き合うかは、国際秩序を巡る最大の課題であり続けるだろう。「衝突は避けなければならないし、避けることは可能だ」とアリソン氏も指摘している。2015年秋に訪米した習近平国家主席は、シアトルでの演説で、「世界にツキジデスの罠など存在しない。だが、主要国が戦略的な計算違いをすれば、自ら罠を作り出すことになるだろう」と述べた。罠論の当否は兎も角として、相手に対する正しい認識と的確な意思疎通を欠いた時、拙速な判断で国の針路を誤った事例に事欠かないことは、歴史が示している。 (上級論説委員 刀祢館久雄)


⦿日本経済新聞 2017年8月10日付掲載⦿
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