お金が無ければ知恵を出せ! Jリーグ地方クラブ奮闘記

20170815 21
①『ガイナーレ鳥取』…現役時代より走っている? 岡野雅行GMの“野人流営業術”
「『GMをやってくれ』と言われた時は驚きましたよ。先ず、GMの意味がわからない。パソコンもできない。『葉巻でも吸って、ふんぞり返っていればいいのか?』と」――。J3で奮闘する『ガイナーレ鳥取』のGMを務める岡野雅行は苦笑する。日本代表をワールドカップに導いた“野人”は、GM職4年目を迎えた。選手時代を含めると、鳥取暮らしはもう9年目になる。GMというと、チーム編成に携わる仕事がメインと思われるが、岡野は違う。強化責任者というより営業マン。県内は勿論、日本全国を飛び回っている。例えば、鳥取の自宅を出て、1日で姫路・岡山・広島・米子と移動することも珍しくない。「母体の無い小さなクラブなので、営業も件数を熟すしかない。話好きで長くなる社長さんもおられるので、時間が無くなって焦ってダーッと次の約束に飛んでいくんですよ」。車の走行距離は月に3000㎞超。岡野は現役時代より走っている。岡野にGM就任を依頼した社長の塚野真樹によると、“野人効果”は抜群だという。「例えば、営業で県外に行くと、『ガイナーレとは…』という説明から入らなきゃいけない。それでも『で、何?』となる訳ですが、有名な岡野が来ると違う。説明不要。彼がチームや鳥取の良さを語ると、すんなり耳を傾けて頂けるんです」。感謝の気持ちを忘れず、誰とでも直ぐに打ち解けられる岡野には、鉄板の営業術がある。“ジェントル野人”大作戦だ。「今は後ろで結んでいますが、嘗ては髪を下ろしていました。そうやって野人のイメージを出した上で、『今日はお時間を作って頂きましてありがとうございます』と深く頭を下げる。そうすると、『野人なのに挨拶ができるんですね』と驚かれる方がいるんです。ちょっと狡いかもしれませんけど」。

塚野によると、酒席での岡野は素晴らしいの一言に尽きるという。目の前に一升瓶をドンと置かれて、「野人さん、今夜はとことん飲みますよ」と言われれば、どこまでもついていく。一滴も飲まない人には、ジョホールバルのエピソードで喜ばせる。カラオケだってお手のもの。十八番は『ザ・ブルーハーツ』。営業巡りの車中では、「今日会うのは60代の社長さんか。それなら誰の歌がいいだろう…?」と昔のCDをチェックする等、準備に余念がない。気配りができて、サービス精神旺盛なのだ。近頃、岡野には嬉しい変化があるという。「以前は“ジョホールバルの岡野”とか“レッズの岡野”として声をかけて頂いていたんですが、最近は『鳥取、応援しています』という風に、“ガイナーレの岡野”として声をかけられることが増えてきたんです」。ガイナーレというと、2014年に始めた“野人と漁師のツートッププロジェクト”で話題となった。これは、1口5000円で寄付を募り、その額に応じて地元の境港名産の海産物をお礼に送るというもの。寄付から経費を引いた額が、選手獲得資金に充てられる。これを元手に、2014年はフェルナンジーニョやハマゾッチを補強。2人の活躍もあって、J3で4位に食い込んだ。この“カニで選手を釣り上げる”プロジェクトによって、ガイナーレは既に5000万円以上を集めている。このプロジェクトは当初、地元でも期待されていなかった。「知名度のあるGMが旗を振って旨いカニを売り込めば、バンバン注文が入りますよ。在庫不足じゃ困るから、沢山用意してく下さい」。塚野が漁師に呼びかけたところ、「30ケースもあればいいでしょ」と笑われたという。ところが、蓋を開けてびっくり。1ヵ月で3000ケースも注文が来たのだ。塚野が説明する。「勝因は僕らが頑張ったことではなく、単純に地元にいいものがあるということです。地方に共通することだと思いますが、鳥取県民は『鳥取のものなんて…』とか『鳥取が頑張ったところで…』と自己評価が低いんですよ。で、東京で評価されて始めて地元の価値に気付いたり、自信を持ったりする。鳥取県出身の僕は、それが嫌。だから、その地方気質を逆手に取って、地元の人が普通のものだと思っているカニや魚を全国に売ったんです。『こんなもの大したもんじゃない』と思っていた海産物が都会で喜ばれて、漁師の皆さんは喜んでいましたよ」。つまり、こういうことだ。岡野と塚野は、ガイナーレを通じて鳥取を元気にして、誇りを持てる街にしようとしているのだ。少し前まで、鳥取ではこんなことが言われていたという。「岡野は東京から鳥取に通っているんだってな。そりゃそうだよ。鳥取みたいな田舎に、有名人が態々住む訳ないもんな」。そんなことはない。野人GMは鳥取に住み、今日も日本中を走り回って、自分の大好きな鳥取とガイナーレの魅力を訴え続けているのだ。

20170815 22
②『湘南ベルマーレ』…総合型スポーツクラブが掲げる目標は“オリンピアン20人”
3年後の東京オリンピックに向けて、湘南ベルマーレは大目標を掲げた。“オリンピアン20人輩出計画”がそれだ。発案者である社長の水谷尚人が語る。「オリンピックイヤーの2020年、ベルマーレは湖南を名乗るようになって20周年を迎えます。ならば、トリプル20でオリンピアンを20人出そうじゃないかと」。水谷は「大きく出てしまった」と苦笑するが、現実味が無い訳ではない。『Jリーグ百年構想』が掲げる総合型スポーツクラブを標傍するべルマーレは、サッカー以外に5種目のチームを運営しているからだ。「目標とする20人には、選手だけではなくスタッフも数えます。うちからは7人制ラグビー・ビーチバレー・トライアスロンのコーチが、日の丸を付けてオリンピックに参加する可能性があるんですよ。勿論、選手にも有望株はいます。サッカーなら3人がオリンピックに絡むかもしれない」。べルマーレが総合型スポーツクラブへの道を歩み出したのは、1999年のこと。現会長の眞壁潔が「ビーチバレーをやろう」と言い出したところ、猛反対に遭った。無理もない。当時のクラブは、親会社『フジタ』の撤退で消滅の危機に瀕していたからだ。だが、ビーチバレーは誕生し、その後も競技は増えていった。「理念で飯は食えない」と言われながら競技を増やし、サッカーにおいても育成と普及の予算を死守した。それは、バブルが崩壊した当時、持て囃された“選択と集中”に逆行する動きだった。

周囲の反対を受けたビーチバレーは、後にクラブを助けることになる。アルバイトに次ぐアルバイトで遠征費を賄っていた選手は、べルマーレとJリーグの支援を受けて競技に集中できるようになり、2008年北京オリンピックの代表となった。べルマーレのエンブレムを付けたアスリートが、世界の檜舞台で躍動したのだ。「当時はJ2でも苦戦していた時期で、営業成績も落ち込んでいました。加えて、オリンピックイヤーはサッカーの露出が減る。そんな時、ビーチバレーからオリンピアンが出て、クラブの価値を上げてくれたんです」。豊かな自然に恵まれた湘南エリアでは、殆ど毎日、どこかでクラブ主催の教室や大会が行われている。イべントの数は年間1000超。べルマーレは最早、湘南に無くてはならない存在になった。地元の子供とトップアスリートが一緒に汗をかき、そこに近所のおばちゃんが差し入れのおにぎりを持ってやって来る――。地域密着を地で行くべルマーレの“あるある”だ。水谷は、べルマーレにとっての東京オリンピックを、次のように位置付ける。「レガシーと言いますが、このクラブが東京オリンピックで残せるものがあるとしたら、それはハードではなくソフト、人々の心に残るものしかないでしょう。オリンピックを目指す選手を地域で支え、応援する。仮にオリンピックに出られなくても、その努力した過程は共感を呼ぶ筈です。そして、オリンピアンが地域に帰って経験を伝える。そうした中で、スポーツは地域により深く根付いていくと思います」。住民の存続運動によって生き永らえたべルマーレは今、立派に成長した。東京五オリンピックは、そんなクラブが地域に恩返しする機会かもしれない。

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③『町田ゼルビア』…試合後にJリーガーと遊べる! 人気沸騰“ふれあいサッカー”
Jクラブにとって、サッカーの普及は生命線。中でも、東京都町田市を本拠とするゼルビアは、画期的な普及スタイルで観客を増やしている。その名は“ふれあいサッカー”。それは、ナイターを除くホームゲーム終了後、観戦に来た子供希望者150人と、トップチームの選手がサッカーをして遊ぶというものだ。Jリーガーが試合後、一緒に遊んでくれるなんて聞いたことがない。ふれあいサッカーの歴史は10年以上前に遡る。関東2部の2006年からJ2に昇格した2012年まで活躍した普及担当の酒井良が語る。「関東リーグ時代は観客が100人程度。動員を増やす為に、ふれあいサッカーをやっていました。子供は親御さんを連れて来てくれますからね」。たとえ試合に負けても、ふれあいサッカーは休めない。それは選手にとって、ちょっとした試練だろう。「負けたり、途中で代えられた時も笑顔で遊ばなきゃいけない。これで心が鍛えられましたね。当初は『負けたのにへらへらしている』なんて批判されましたけど、子供たちが素直に楽しんでいるのを見ると、『負けてもまた頑張ろう』という気になるんです」。

ふれあいサッカーはゼルビアの伝統となり、その趣旨を選手や監督が理解するようになった。地元にも浸透し、受付には長蛇の列ができる。ゼルビアがふれあいサッカーに注力するのは、それなりの理由がある。「うちは東京3番目のクラブ。しかも唯一、東京と名乗っていません。営業を考えれば東京と名乗るべきかもしれませんが、町田として戦いたいんです」。町田周辺はJクラブが群雄割拠する激戦区。その中で東京の第3勢力が頭角を現わそうと思ったら、普及に活路を見出すしかないのだ。「仮にマリノスが子供10人中4人なら、僕たちは10人中7人にサッカーを届けたい。そうすれば、分母である人口の差が埋まり、互角に勝負できるかもしれないですから」。“10分の7”を目指す運動は着々と進んでいる。ゼルビアは行政と連携して、園庭の無い幼稚園・保育園の幼児を、クラブ所有のフットサル場で遊ばせている。これは、先の先を見越した種蒔きだ。更に3年前から、ふれあいサッカーに女の子ゾーンを設けた。その意図を酒井が説明する。「女の子には、『サッカー面白い』って思ってもらえればそれで十分です。将来、ママになって、自分が楽しんだサッカーを子供に勧めてくれるかもしれないですからね」。不遇の時代から続けてきたふれあいサッカー。それは近い将来、大きな花を咲かせるかもしれない。「ユースにふれあいサッカー経験者が4人ほどいるんです。将来、彼らがデビューして、試合後にふれあいサッカーに出るかもしれない。そうなったら、世代が一周したことになりますよね」。地道に種蒔きを続けてきた酒井は、嬉しそうに話すのだった。 《敬称略》 (取材・文/スポーツライター 熊崎敬)


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