【中外時評】 反腐敗運動、先導の暗闘

中国の女優であるファン・ビンビン(范氷氷)さんはこの夏、降って湧いたようなスキャンダルに見舞われた。「共産党政権で最高指導部の一角を占める党中央規律検査委員会の王岐山書記と、ただならぬ関係にあった」というのである。発信源は、中国当局の摘発を逃れてアメリカに滞在している富豪の郭文貴氏。今年になってから、共産党政権の高官や大手企業経営者らへの“口撃”を、SNS等を通して次々に繰り出し、話題を呼んできた人物だ。「根拠の無い誹謗だ」としてファンさんは反発、アメリカで郭氏を提訴する考えを明らかにした。インターネットの書き込み等でも真に受ける向きは先ずない。ただ、そんな展開は郭氏にとって想定内だろう。今をときめくスターを巻き込んだのは、人目を引く為とみられるからだ。郭氏の紙爆弾ならぬSNS爆弾には、「的を射ているのでは?」と思わせるものも含まれている。注目が集まれば集まるほど、そうした爆弾の波紋も広がることを期待できる訳だ。そして、郭氏の照準は、どこよりも共産党政権の指導部に向けられている。数あるSNS爆弾の仲でも、とりわけ大きな反響を呼んだのは、「王書記の親族が海航集団(HNA)という急成長企業の大株主だ」との“暴露情報”であろう。HNAが近年、海外での大型買収等を通じて、驚くべき勢いで業容を拡大してきたことは、よく知られている。「余程有力な政治的バックアップがあるに違いない」という観測は予て強かった。「それは王書記だ」と郭氏は指摘したのである。勿論、HNAは否定し、先月24日に同社の株主構成を明らかにした。未上場企業なのでそうする義務はないのだが、王書記の親族が載っていない株主名簿を敢えて公開することで、疑惑を打ち消そうとしたのである。

ただ、実態のよくわからない中国とアメリカの慈善団体が合わせて52%強を保有している為、すっきりしたとは言い難い。おまけに、「王書記の親族の1人と指摘された貫君という人物が以前に株主だったことを、HNAは認めた」との報道が流れた。それによれば、貫氏は保有していた株式をアメリカの慈善団体に寄付したという。貫氏の実像もまた藪の中で、不透明感は寧ろ深まった印象さえある。共産党は、この秋に第19回党大会を開く。焦点は、「習近平国家主席がどこまで権力基盤を固められるか?」である。カギの1つは、言うまでもなく最高指導部の人事。中でも王書記が留任するかどうかは、注目の的だ。というのも、共産党には「最高指導部の一員でも、党大会の時に68歳以上なら引退する」との不文律があるからだ。王書記は既に69歳になっている。“七上八下”と呼ぶこの不文律に従えば、留任はできない。だが、習主席や王書記は、明文化された規定でないことも踏まえて留任を目指しているとみられる。王書記が陣頭指揮を取ってきた反腐敗運動は、習主席が権力基盤を築く上で最も鋭利な武器となってきた。習主席にとって、王書記は盟友というべき存在だ。現在64歳の習主席としては、更に5年後の20回党大会で引退せず、最高指導者の座に留まる布石としても、王書記を留任させたいところだろう。そこに投げ込まれているのが、王書記を狙い撃ちするかのような郭氏のSNS爆弾である。中国当局は厳しい情報統制を敷いているが、完全にシャットアウトできてはいない。何よりも、情報統制の枠外にある高官たちには届いているし、そのことを郭氏も見透かしている。「長老の大物がバックにいる」。郭氏はそう公言してきた。これまた本当かどうか不明だが、動画で色んな高官や要人の名前を滔々とまくしたてる様子からは、幅広い人脈を築いていたことが十分に窺える。そのSNS爆弾は、党大会を睨んだ情報戦の一端なのである。真偽不明の情報が、国境を跨いで飛び交う中南海の暗闘。ファンさんら、とばっちりを受けた人たちには気の毒だが、奇観である。 (上級論説委員 飯野克彦)


⦿日本経済新聞 2017年8月24日付掲載⦿
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