【平成の天皇・象徴の歩み】(11) 明日になう子供見守る

20170905 05
天皇・皇后両陛下は、砂山やトンネルを作って遊ぶ園児に「何ができるの?」と声をかけると、一緒に砂遊びを始められた。1999年4月30日に東京都荒川区の『ドン・ボスコ保育園』を視察された時のことだ。「あっ」。予定に無かったことで、園の職員が慌ててお手拭きを用意する一幕もあった。当時、園長代理だった白沢美代子さん(83)は、「両陛下が子供中心に考え、動かれる姿を見て、あの日は驚きの連続だった」と振り返る。「結婚を機に社会福祉事業をやることにしました。皆さんもぜひ協力してください」――。1959年4月7日付の読売新聞朝刊は、この前日、結婚の儀を4日後に控えた皇太子時代の陛下が、学習院の同期生が開いた結婚祝賀パーティーで、児童福祉に取り組んでいく決意を明かされたと伝えている。両陛下はこの3ヵ月後、母子の健康と福祉の向上を目指す『母子愛育会』の病院や幼稚園を視察された(※右画像)。当時の乳児死亡率(※出生1000人当たり)は33.7。2015年の1.9とは比較にならないほど高かった。同会の愛育班は、この死亡率を低下させようと、妊産婦や乳幼児への声かけや見守りの活動を展開した。両陛下は結婚後、児童福祉施設や慈善イベントに精力的に足を運び、1982年からは同会愛育班の功労者との面会も始められた。

児童福祉法施行20周年を迎えた1968年の記念式典で、陛下は「明日を担う児童を保護育成することは、我が国の将来の発展に極めて大切」と述べられた。愛育班との面会は、即位後の2003年まで続いた。同会愛育推進部長の山田邦子さん(60)は、「代表者を通じて班員全員に労いのお言葉があり、活動への情熱とやる気に繋がった」と振り返る。両陛下のご結婚を機に誕生した児童向け大型施設もある。横浜市青葉区の『こどもの国』だ。両陛下は、国民らから寄せられたお祝い金を、子供の為の施設に使うことを望まれた。厚生省(※当時)の検討を経て、1965年、約100haの雑木林を生かした自然の遊びが整備された。陛下の提案で牧場も作られた。当時は高度経済成長の真っ只中。都市化で子供の遊び場が減る一方で、大気汚染が深刻化した。「(子供が)自然の営みに直接触れる機会の持たれることが望ましいと考えた」。陛下は、開園30周年を迎えた1995年の記念式典で、こどもの国を願った理由を明かされた。時代によって、子供を取り巻く環境も変化していく。いじめや児童虐待が社会問題として浮上した2006年12月の記者会見では、いじめに遭い、自殺した子供もいたことに胸を痛められた。「このようなことをでき得る限り防ぐ為に、親・子・先生が互いに信頼し合う関係を築いていくことが大切」と訴えられた。この3ヵ月前、両陛下の4人目の孫・悠仁さまが生まれていた。訪問先の子供たちは既に“孫の世代”となり、子供施設への訪問は2015年から皇太子・秋篠宮両ご夫妻に受け継がれた。ご結婚から半世紀余り、子供たちを見守られてきた両陛下の思いを知る側近は言う。「陛下と皇后さまは、将来の日本を支える子供たちの健全育成を心から願われている。そのお気持ちは、退位後も変わることはないだろう」。


⦿読売新聞 2017年6月26日付掲載⦿
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