【ヘンな食べ物】(52) 恍惚のアリ食

前回までアリの卵を食べた話を書いたが、アリの成体も食べたことがある。学生時代にアフリカのコンゴへ行った時だった。コンゴで昆虫食といえば、イモムシの類いが一般的で、アリ食は聞いたことがない。1匹が小さ過ぎて腹が膨れないのだろう。私が食べたのもアクシデントに近い。私は、探検部の仲間とジャングルの真ん中にある湖の岸辺でキャンプを張っていたのだが、あろうことか、用意してきた1ヵ月分の食料の内、半分くらいを現地の村の人にちょろまかされていた。必然的に厳しい食糧統制を行わざるを得ず、私たちは“飢え”に直面した。食べ盛りの20歳前後の若者が1日、米1合しか食べられない。立ち上がるとふらふらし、頭の中は常時「腹、減った…」ばかり。朝夕の食事時には、メンバー全員が鍋の回りに集まってきた。炊けた米をメンバー11人分に分けるのだが、それを見て口々に「これ、多過ぎる!」「こっち、少ないじゃん!」と厳しく指摘する。流石に誰も「俺は他の人間より沢山食べたい」とは言わないが、人より少ないのは絶対に嫌だから、異常なほどに“公平さ”を気にするのだ。このような状態の時は、たとえ“個装(個人の食糧)”であっても気軽に食べられない。『大塚製薬』から『カロリーメイト』を提供してもらい、それをメンバー1人ひとりに分配していた。空腹に耐えられない人間は早々と食べてしまっていた。空腹だけではない。糖分が絶対的に不足しているので、「何でもいいから甘いものを口に入れたい」と思うのだ。砂糖も最早、毎朝沸かすお茶に1人1杯ずつ入れるのみ。超貴重品である。

私は、実はカロリーメイトを温存していたのだが、温存し過ぎて食べる機会を逸してしまった。他のメンバー全員が飢えに苦しんでいる横で、今や“この世で最も美味い食品”とまで賞賛されるカロリーメイトを1人で頬張ることは、人間としてできない。かといって、他のメンバー10人に分ける訳にもいかない。キャンプ地は狭過ぎて、プライバシーも無い。ある日、とうとう最後の手段に出た。全員参加のミーティングを行っている時、私は「あっ、地図を忘れた」と言って自分のテントに潜り込み、こっそりカロリーメイトを貪ったのだ。その甘美なことといったらなかった。“仲間を裏切っている”という背徳感も加わり、全身にぞわぞわっとエクスタシーが流れたものだ。それから数日後。朝のお茶を入れようとして、私は大変なことに気付いた。砂糖の袋にアリが何十匹も入り込み、食い散らかしていたのだ。「ちくしょう、砂糖の袋に入って食べたい放題なんて俺の夢だ!」とアリに激怒し、1匹ずつ摘んで外に放り出していったが、途中でふと思った。「砂糖を腹一杯食べているアリを捨てる手があるか?」。じたばたしているアリを、そのまま口に入れてみた。噛むとプチッと音がし、じゅわっと染み出たのは砂糖の味だった。「ウォオ!!」。叫び出したくなるのを必死に堪えた。強烈な甘みの中に、ほんのり酸味がある。その時、“蟻酸”という言葉を思い出した。アリは基本、酸っぱいらしい。周りを見ると、誰も私に注目している者はいなかった。仮に誰かが気付いたとしても、流石に生きたアリを「勝手に食うな」という奴はいないんじゃないか? だが、用心に越したことはない。私は「このアリ、参ったな…」等と白々しく言いながら、素知らぬ顔でアリを貪り食った。プチッと弾ける9割の甘さと1割の酸っぱさ。その美味と恍惚感は、カロリーメイトに勝るとも劣らなかったのである。


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年9月7日号掲載
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