【ニッポン未解決事件ファイル】(28) 小野悦男事件(1996年)――首都圏女性暴行殺人、無罪とされた男が犯した罪

首都圏で発生した連続女性暴行殺人事件。犯人と思われる小野悦男は、一度は逮捕されたものの、一転して無罪に。だがその後、残忍な殺人を犯した。冤罪を訴えた小野の支持者たちは今、何を思うのか――。 (取材・文/ノンフィクションライター 八木澤高明)

20170908 09
「俺も土いじりが好きでさぁ、庭に畑を作ってんだぁ」――。東京都足立区にある都営東栗原団地に住む主婦の相沢広子が紫陽花の剪定をしていると、背後から茨城訛りの言葉で話しかけられた。振り返ると、人懐っこい笑顔を浮かべ、一見朴訥な雰囲気を持った男が立っていた。その男が、首都圏連続女性殺人事件で逮捕されたものの無罪となり、冤罪のヒーローとして世間で騒がれている小野税男だと知るのに、時間はかからなかった。1968年から1974年にかけて、東京・千葉・埼玉で11人の女性が強姦された後、焼かれたり、埋められて殺害される等の事件が起きていた。そして、現場周辺で女性宅に忍び込み、窃盗事件を起こしていた小野税男が、容疑者として逮捕された。茨城県行方市出身の小野は、少年時代から盗みを繰り返し、中学を満足に卒業することなく少年院に入るな等、素行の悪さは地元でも有名であった。故郷を離れた小野は、都内に暮らす親族の家等を転々としながら、建設現場等で働き、相変わらず窃盗・詐欺・暴行等の犯罪を繰り返し、逮捕された時点で前科8犯であった。逮捕後の取り調べの中で、小野は一度は自白したが、一転して無実を訴えると、文化人や弁護士によって『小野悦男さん救援会』が結成され、世間の耳目を集めた。1986年の1審では無期懲役が言い渡されたが、1991年の2審で無罪を勝ち取ったのだった。

昨今の足利事件や東電OL殺人事件等、冤罪事件の走りとも言えるが、決定的に違うのは、被告であった小野が過去にも犯罪を繰り返し、真面な市民とは言い難い点にあった。16年ぶりに自由の身となった小野は、東栗原団地に母親と2人で住み始めた。前出の相沢が言う。「それからよく話すようになって、小野さんが育てた花を貰ったりしてね。あの人は愛想がいいんだけど、腹に一物あって陰があるっていうのかな、何を考えているのかわからないようなところがあったよね。偶にぽつりと言ったりするのよ。『俺は農家の息子だから、土のことはよくわかっている。死体は埋めちゃえばわからないんだ』とかね。無罪で出てきたけど、『この人、やっていたんだろうな』って思ったわよ」。小野を身近に見ていた彼女が感じていた薄気味悪さ。その一方で小野は、マスコミに冤罪のヒーローとして登場し続けていた。朝日新聞が1994年12月、横浜の工事現場で働き、日当から6000円を貯金に回し、慎ましやかに母親と暮らしているという小野の姿を記事にしている。紙面の写真で笑顔を浮かべる小野。その心の内は何を考えていたのだろうか? 1996年1月、小野が住む団地から程近い足立区東六月町の駐車場で、首無しの女性の焼死体が発見される。事件発生当初から、警察は小野を疑った。内偵を進めていくうちに、小野が自宅近くの公園で幼女暴行事件を起こした。逮捕後に小野をDNA鑑定すると、女性の焼死体から発見されたDNAと一致した為、小野は女性殺害を認めることとなった。逮捕後、小野の部屋の裏庭から女性の首が発見され、小野は冤罪のヒーローから人殺しへと転落したのだった。その前兆を、相沢は既に見ていた。「お母さんが亡くなってからかね、女関係も派手になっていったの。当時、アル中の女性がこの団地に住んでいて、私が面倒を見ていたんだけど、小野さんは彼女とつき合っていたのよ。それ以外にも方々で声をかけていてね。首無しの死体が発見された時も聞いたのよ、『アンタじゃないの?』って。そうしたら、笑って何も言わなかったけどね。事件のことはよく覚えているわよ。小野さんの裏庭のところで警察犬がワンワン鳴いて、凄い煩くて、全然動こうとしなかったのよ」。未解決のまま時効となってしまった首都圏連続女性殺人事件については、小野は未だに一貫して関与を否定し続けている。


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