【Deep Insight】(37) 多様性問うグローバル化

『ソフトバンクグループ』の孫正義社長は、先月21日の株主総会で“アービトラージ”という言葉を2度使った。例えば、イギリスの半導体大手『ARM』を買収した時に、同グループの株価が下落した。孫社長は、「デビューの時というのは、往々にして誰も(本当の価値に)気付かないもの。だが、大多数が気が付かないからこそ、莫大なアービトラージのチャンスはある」と振り返った。アービトラージとは、“裁定取引”・“サヤ抜き”のこと。ヘッジファンドが企業のM&A(合併・買収)や株式上場に目を光らせ、現物と先物の値差を狙って株を売買する時等に使われる言葉だ。孫社長の場合は、日本と海外、特に日米間の差異を梃子にした裁定取引経営だと言われる。IT革命の進展は、日本よりアメリカのほうが速い。その時間差と円高・低金利を利用したM&Aが、これまでの戦略だった訳だ。最近できた932億ドルの基金、所謂“10兆円ファンド”も、そうした戦略の延長線上にありそうだ。思い出すのは、経営学者であるピーター・ドラッカーの言葉だ。「未来は予測できないが、既に起きた未来はある」(※1964年の論文)。つまり、出生率が将来の労働人口を決定付けるように、“結果が確実にわかる現実”を見つければアービトラージは可能である。投資に限った話ではない。日本企業の海外戦略も、やはりアービトラージだと言われてきた。世界経済はグローバル化し、安くて品質の高い製品を求める消費者が増える。だから、生産コストの安い国に立地して、輸出で稼ぐ。だが、最近は環境が変化し、以前ほどアービトラージを効かせ難くなったという。『ボストンコンサルティンググループ』によれば、世界の国内総生産(GDP)に占める貿易の割合は、リーマンショック(2008年)以降、5年間で0.2ポイントしか増えていない。1960~2008年には35ポイント上昇したにも拘わらず、だ。背景にあるのは、経済のデジタル化・保護主義・グローバル化の深化だとされる。例えば、デジタル技術の発達で、安くて品質の良い製品は、どこかで大量生産しなくても、需要地で必要なだけ生産し、供給できるようになった。中国から本国のドイツに生産の一部を回帰させた『アディダス』等が好例だ。貿易依存度が高い日本企業には逆風かもしれない。世界の株式時価総額ランキングを見ても、日本勢の最高は『トヨタ自動車』の48位と低調だ。浮揚の兆しは無い。

だが、変化をもろともしない企業も、世界には少なくない。スイスの食品世界最大手『ネスレ』が一例だ。時価総額は13位と、アメリカ勢やIT企業を除くと最も高い。先月下旬には、もの言う株主で知られるアメリカのヘッジファンド『サードポイント』が株主還元の拡大等を求め、株式市場の関心を一段と集める。売上高の3分の1は今もコーヒーだ。創業から151年間で赤字決算は1度だけ。買収先を除く売上高は、世界のGDPを超える成長率を常に達成してきた。秘策は特に無い。191ヵ国・地域に進出し、1袋15円でコーヒーやスープを売る途上国から、高級食材、見守り機能付きコーヒーメーカーを売る先進国市場まで、きめ細かい商品展開でひたすら稼ぐ。各国・地域に根差して発展を追いかけ、アービトラージを重ねる訳だ。「日本企業はオールジャパン。スイスはオールグローバルなのが違い」と話すのは、日本での駐在経験もあるマイケル・ブリナー副社長。同氏が率いるアジア・オセアニア部門があるスイス本社3階を訪れると、社員は40人しかいない。国籍が100ヵ国以上に及ぶ社員の殆どは世界中に散らばり、中央集権的経営はしないという。スイスには、実はこうしたグローバル企業が多い。時価総額で世界21位の医薬品大手『ロシュホールディング』、29位の『ノバルティス』も、社員の国籍は100ヵ国近くに上る。日本企業と明暗を分けるのは、多様性を生かす力量ではないか? スイスの経営大学院『IMD』が毎年纏める『国際競争力ランキング』によると、1992年まで5年連続首位だった日本は、“失われた20年”をなぞるようにその後順位を下げ、今年も26位に低迷。一方のスイスは、香港に次ぐ2位を守った。順位の差は何か? アルトゥーロ・ブリス教授は、「多様な人材を呼び込み、世界の接点として存在感を高めているかどうか」とみる。やはり多様な国籍の研究者を抱えるというIMDの授業を取材すると、丁度日本に言及していた。担当のステファン・ジロー教授らの別の調査によれば、グローバル化への意欲が世界一高いのは日本企業だった。だが、運営能力が追いつかず、意欲と能力の差が最も開いたのも日本だという。日本にとって、グローバル化の次のステップは“スイス”かもしれない。同じく国土は狭いが、公用語の他に英語が通じ、海外人材の受け入れに積極的だ。そこから学ぶべきは、外国人を管理する日本人の養成ではなく、多様な海外人材を集め、日本人だけでは不可能だったアービトラージを狙うことだろう。日本で学位を取ったIMD前学長のドミニク・テュルパン教授も、「日本に問題があるとすれば意識の持ち方だ」と話す。最近は、IMDにも「多様性を学びに来る日本企業幹部が増えた」とも語る。日本も漸く舵を切ろうとする兆しだろうか? だとすれば、“日本は変われない”との屈辱的なレッテルを返上し、グローバル企業大国としての新たな一面を示してほしい。 (本社コメンテーター 中山淳史)


⦿日本経済新聞 2017年7月12日付掲載⦿
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