『山健組』ワンツーの逮捕と指名手配で露わになった『神戸山口組』真のボスとは?

『会津小鉄会』での乱闘騒ぎに端を発して、6代目・神戸・任侠、其々の山口組に逮捕者が相次いでいる。中でも大打撃を受けているのが、井上組長を拘束された上に、中田若頭を指名手配された『山健組』だ。屋台骨が揺らぐ『神戸山口組』の舵を、誰が取るのか? (取材・文/フリージャーナリスト 柳沢十三)

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6月6日、神戸山口組を率いる井上邦雄組長(※4代目山健組組長兼任)が、携帯電話の機種変更に絡む詐欺容疑で兵庫県警に逮捕されると、ヤクザ業界には大きな衝撃が走った。「2015年8月に6代目山口組が分裂して以降、捜査当局は取り締まりを強化し、6代目側から35人、神戸側から2人の直系組長を、其々微罪で逮捕してきました。しかし、組織のトップまで逮捕された例はありませんでした。この度、当局がこうした大物逮捕に動いたのは、今年4月に神戸側から分裂したメンバーが立ち上げた任侠団体山口組(※織田絆誠代表)の存在が大きいと思われます。神戸側と山健組が弱体化している今こそ、決定的なダメージを与える絶好のチャンスと考えたからではないでしょうか」(大手紙社会部記者)。これまで微罪で逮捕されてきた6代目側と神戸側の直系組長らと同じように、「早々に井上組長も不起訴処分となって釈放される」と、ヤクザ業界始め、多くのマスコミも思い込んでいた。ところが、10日間の逮捕勾留期限を迎えた同16日、事態は思いがけない方向に動いた。釈放されるとみられていた井上組長は、傷害と暴力行為等処罰法違反(集団暴行)の容疑で再逮捕されたのだ。逮捕の要因は今年1月11日、京都にある名門の会津小鉄会本部(※馬場美次6代目会長・当時)で発生した暴行事件に関するものだった。ここで、会津小鉄会の分裂騒動を振り返ってみたい。6代目山口組で分裂騒動が発生して以降、同会内部では、後見人である6代目側の髙山清司若頭寄りの派閥と、馬場会長と兄弟分である神戸側の井上組長寄りの派閥との間で対立が起きていた。

「馬場会長は、神戸側が発足して以来、次第に井上組長との繋がりを大切にするようになったんです。それを筋違いだと反発したのが、当時の原田昇若頭でした。この衝突が頂点に達したのが、暴行事件の前日です。この日、『原田若頭が7代目を継承した』とするファックスが出回り、そこには馬場会長の署名と捺印が押されていました。ところが、直後にファックスの内容を全面的に否定する文章と、原田若頭への絶縁処分が書かれた状が流れたんです」(ヤクザ業界に詳しいフリーライター)。全く内容が食い違う書面が業界を駆け巡ったことで、「会津小鉄会で何か異変が起きたのでは?」との注目が集まった翌11日の早朝。原田若頭派の組員らが詰めていた本部に、山健組系組員らが強引に乗り込んだのだ。その際に乱闘が起きて、原田若頭派の組員らが骨折等の負傷をしたとされる。「この傷害事件で、井上組長は逮捕されることになった。本部内の馬場会長から連絡を受けた井上組長が、山健組の組員らに指示を出した容疑だ。携帯電話の通話履歴が残っていたらしい」(関西地方で活動する他組織幹部)。その後、同21日に馬場会長派は継承式を挙行し、会津小鉄会の6代目体制で会長代行を務めていた金子利典会長が七代目を継承。馬場会長は新体制で総裁に就いて(※後に引退)、神戸側と親戚縁組した。一方、原田若頭派も2月7日に継承式を執り行い、6代目側の竹内照明若頭補佐(※『3代目弘道会』会長)を始め、最高幹部や直系組長ら計11人も参列して見守る中、原田7代目会長は誕生した。現在、京都には2つの7代目会津小鉄会が共存するという前代未聞の状況にあるのだ。再逮捕された井上組長の身柄は、兵庫県警葺合署から車で京都に移送された。京都府警下京署の車両出入り口には多くの報道陣が詰めかけ、井上組長が乗せられた車が到着すると、カメラのフラッシュが盛んに焚かれた。だが、窓にはカーテンが引かれており、井上組長の姿を捉えることはできなかった。こうした急展開の再逮捕について、実は伏線があったという。夕刊紙の事件担当記者は、声を顰めて次のように解説してくれた。「警察情報に詳しい新聞記者から聞いた話ですが、既に逮捕前日の同5日の時点で、『詐欺容疑での逮捕はステップに過ぎない』との噂が流れていて、最初から『兵庫県警ではなく京都府警が逮捕する』といった話もあったようです。結局、兵庫が先となりましたが、やはり京都が出て来て、会津小鉄会の件で逮捕しました」。更に、井上組長の再逮捕劇には、「既に5日昼に予兆があった」と話す在阪テレビ局の社会部記者もいた。「あの日、全国の道府県警察本部長を集めた会議が開かれ、その席上、警察庁トップの坂口正芳長官が、こう挨拶したんです。『6代目山口組と神戸山口組の両組織の組員らの大量逮捕、突き上げ捜査の徹底による幹部らの長期的な社会からの隔離、延いては組織の壊滅を図られたい』。既に井上組長逮捕の噂は流れていましたから、こう聞いてピンときました。『警察は井上組長の身柄を長期間押さえるつもりなのだろう』と感じ、急いでデスクに報告しました」。

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この記者の予想通り、井上組長は再逮捕から2日後の同18日に京都地方検察庁に送られ、1ヵ月以上も社会から隔絶されることとなった。井上組長が不在の間、ヤクザ業界では警察当局による取り締まりの嵐が吹き荒れた。先ず、井上組長の逮捕から1週間後の同13日には、山健組の直参や、同組有力傘下組織である『健竜会』系組長らが逮捕された。同時に、事件時には山健組系だったが、4月に離脱した任俠側の久保真一本部長補佐(※『山健同志会』会長)と、同組直参の『輝侠会』加茂輝幸会長も逮捕された。また、翌14日には会津小鉄会の馬場元総裁と、7代目会津小鉄会(※金子会長)の若頭代行も逮捕されたのだ。「いずれも京都府警による逮捕で、会津小鉄会での分裂騒動に関係しています。同21日には6代目側直参の森健司(※『3代目司興業』組長)と、弘道会の野内正博若頭補佐(※『野内組』組長)、更に7代目会津小鉄会の原田会長ら4人も逮捕されています。こちらも会津小鉄会の分裂に絡んでの逮捕ですが、容疑は驚くことに有印私文書偽造・同行使です。1月10日、会津小鉄会本部で、当時の馬場会長の印鑑を無断で使用し、『原田若頭が7代目会長に就任した』との文書を偽造・ファックスしたことが問題となりました。ヤクザしか見ない書状の偽造でも逮捕するとは、警察庁の意気込みが並々ならぬものであるとわかります」(前出の社会部記者)。

井上組長の神戸側だけでなく、6代目側、任侠側、2つの7代目会津小鉄会の5組織が、京都府警による怒涛の連続逮捕のターゲットとなった。その勢いが止むことはなく、同22日には、会津小鉄会の騒動に関わったとして、傷害等の容疑で任侠側の直参である『3代目鈴秀組』の権藤聡組長や、神戸の山健組直参らが逮捕された。そしてとうとう、5月に山健組ナンバー2に昇格したばかりの中田浩司若頭が指名手配されたのである。「会津小鉄会の事件では、関わった5組織共に逮捕者を出しているが、一番京都府警から追い込まれているのは、どう見ても神戸側の山健組だ。トップとナンバー2が同時に不在となれば、どうしても組織に与える影響は小さくない。しかも、4月に分裂して、任侠の織田代表を始め、全体の3分の1くらいが離脱したと言われている。まさに、山健組にとっては結成以来、最も苦しい時期かもしれない」(同)。中田若頭は、山口組の渡辺芳則5代目組長が山健組内に創設した『健竜会』の5代目会長。武闘派揃いの山健組における中核組織として、その勇名は全国に広く知れ渡っている。歴代会長の系譜は、渡辺初代に始まり、桑田兼吉2代目、山本一廣3代目(※4代目山健組舍弟頭補佐)、井上邦雄4代目、中田5代目まで連綿と続き、いずれも超大物ばかりだ。「山本3代目を除いて、健竜会の会長経験者は山健組組長まで登り詰めており、中田若頭は山健組の次期組長に最も近い人物と言える。5月に山健組ナンバー2に就任したのと同時に、下の名前を広志から浩司に改める等、中田若頭は山健組継承に向けて気合を入れているように見えた。井上組長が不在の今こそ、存在感を発揮したいところだろう。だが、指名手配の身ではそれも難しい」(大阪に本拠を置く他組織関係者)。井上組長が逮捕される直前の5月末には、関東の山健組勢の要と言われる山之内健三若頭補佐(※『誠竜会』会長)を含む山健組の直系組長4人も、会津小鉄会の騒動とは別の傷害事件で兵庫県警に逮捕される等、山健組は警察から集中砲火を浴びている。前述のように、警察庁長官は、居並ぶ全国の警察本部長の前で“組員の大量逮捕”・“組織の壊滅”を叫んでいた。更なる組員の逮捕、そして最終的に組織の壊滅を警察が目指しているなら、井上組長の長期離脱は神戸側や山健組の終わりの始まりなのかもしれない。1961年の結成以来の大ピンチを迎えている山健組。そして、同組を中核とする神戸側もまた、動揺しているのは間違いない。井上組長の不在が長引く中、誰が指揮官として組織を牽引しているのだろうか? 神戸側の内情に詳しい地元関係者は、こう語る。「神戸側がリーダー不在だというのは、表面的な見方かもしれない。任侠側の織田代表は、雑誌のインタビューで、山口組再統一の障害として、4人の親分衆の名前を挙げていた。6代目側 からは司6代目、髙山若頭。神戸側からは井上組長に加えて、正木年男総本部長(※『正木組』組長)だ。他の3人については誰しも納得だが、正木総本部長の名には首を傾げた人も多かっただろう。しかし、正木総本部長が隠然たる力を持っているのは、ヤクザ業界では誰でも知っている」。

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正木総本部長は現在70歳。若き日から武闘派として知られる。1984年に山口組から分裂したメンバーで結成された『一和会』との『山一抗争』では、一番槍を付けたのが正木組だったという。1989年に渡辺5代目体制の発足の直後に、山口組直参に昇格。渡辺5代目の側近として、15年に亘り組長秘書を務めた。2005年の司6代目体制の発足後は、幹部や若頭補佐ブロック長等、要職を歴任。舎弟だった2015年に離脱して、神戸側で現在に至る。「1995年に阪神淡路大震災が発生した際、マスコミ対応を任されたのがきっかけで、正木総本部長はメディアとのパイプを築いた。その後も関係は途切れることがなく、実は現在も神戸側でマスコミの窓口を務めているほどだ。特に実話誌系週刊誌には強い影響力を持つようで、週刊誌側は目立ちたくない正木総本部長の心中を忖度して、その名前を誌面に殆ど出さないようにしている。その為、知名度は低いが、舌鋒鋭く頭もキレる為、神戸側の親分衆も気を遣っているようだ。神戸側を立ち上げる際、井上組長を熱心に口説いたのは正木総本部長との噂もある」(元山口組組員)。神戸側に井上組長とは別の形でボスが存在することを察知したからこそ、織田代表は雑誌のインタビューでも名前を列挙してアピールしたに違いない。つまり今、神戸側は井上組長を頂点としない“裏のモード”で稼働している可能性が高く、井上組長の不在は、図らずも神戸側の権力構造の実態を内外に見せつけたと言えるだろう。


キャプチャ  2017年9月号掲載

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