【ヘンな食べ物】(53) ニッポン古来のワニ料理

『古事記』に『因幡の白兎』という有名な物語がある。ウサギが海を渡るのに、ワニを騙して水面に並ばせ、その上をひょいひょい伝って歩くが、最後の最後で嘘がばれ、怒ったワニに皮を剥ぎ取られてしまうという話だ。私は昭和40年代、この伝説を絵本で読んだのだが、そこでは本当に爬虫類のワニの上をウサギが歩いていた。後で考えれば、日本にワニは生息していない(※海にも棲んでいない)。ワニとは“和爾”と書き、古語で“鮫”のことなのだ(※今でも出雲地方では“ワニ”)。恐らく、無知な編集者が“ワニ=爬虫類”だと思い込み、そういう本を作ってしまったのだろう。古き良き昭和のお話だ。おかげで、私は大人になって初めて、自分が騙されていたことを知ったのだった。ワニは古代、日本人には身近にして重要な魚だったらしく、貝塚でも鮫の骨が発見されているし、『風土記』や『延喜式』にも鮫漁について記述がある。また、今でも伊勢神宮には鮫の干物がお供えされるそうだ。そんな由緒あるニッポンのワニ(鮫)を、広島県の三次市というところで今でも郷土料理として食べていると聞き、驚いた。私は、アマゾンやコンゴでは爬虫類のワニを食べているが、日本の“ワニ”は食べたことがない。どんな味がするのだろうか? 広島市で講演会があったので、その帰り、県内(福山市)在住の友人に車を出してもらい、三次市を訪れた。瀬戸内側から行くと、三次市は遠い。“山奥”という印象だ。それもその筈、ここは広島県ながら、地理的にも文化的にも島根県に近いのだという。鮫のことをワニと呼ぶのも、言葉が出雲弁に近いからだ。

「明治時代は、島根から1週間くらいかけて漁師がワニ肉を大八車で運んできて、こっちの米と交換していたみたいですよ」と語るのは、ワニ料理の有名店『フジタフーズ』の店主・藤田恒造さん。三次市で何故、昔からワニを食べるのか? それは、海から遠く、鮮魚が手に入らなかったからだ。唯一、ワニ(鮫)だけは時間が経つとアンモニアが発生する為、腐敗菌を寄せ付けず、酷いアンモニア臭さえ我慢すれば、1週間前の肉でも刺身で食べることができる。斯くして、三次市の人々は正月や婚礼、そして秋祭りの折には、ワニの刺身を御馳走として食べていたそうだ。昔の人は、「腹がつべとう(冷たく)なるくらいワニが食べたい」と言ったという。“ワニ肉は腹を冷やす”と思われていたらしい。若しかすると、それ以外に生の魚を食べる機会がなかったから、そう感じたのかもしれない。ところが昭和40年代、つまり私が絵本で騙されていた頃には、流通事情が大幅に改善され、ハマチやマグロの刺身が普通に食べられるようになり、ワニの御馳走感は薄れていった。平成に入ると、若い世代を中心にワニを食べなくなってきた。藤田さんは、この“ワニ離れ”に心を痛め、10年ほど前からワニの新しい料理を考案・開発するようになった。店の壁は、ワニバーガー・ワニソーセージ・ワニサブレ等々、“ワニ”という言葉で溢れ、何とも昭和的な熱気。圧倒されつつ、先ずは伝統の一品であるワニの刺身を頼んだ。「今のワニは全然臭くないですよ」と藤田さんは言うのだが、“臭くない”は“美味しい”にはちっとも結び付かない。正直、全く期待していなかったのだが、出てきた刺身を見てびっくり。透き通るようなピンク色で、見るからに美味そうなのだ。以前、小泉武夫先生に御馳走になったミンククジラによく似ている。「ワニは鯨じゃないよな…?」と、また何かに騙されているような気分になった。果たして、味のほうはどうなのか?


高野秀行(たかの・ひでゆき) ノンフィクション作家。1966年、東京都生まれ。早稲田大学第1文学部仏文科卒。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)・『アジア未知動物紀行』(講談社文庫)・『世界のシワに夢を見ろ!』(小学館文庫)等著書多数。


キャプチャ  2017年9月14日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : 海外旅行
ジャンル : 旅行

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR