【男の子育て日記】(12) ○月×日

妻の最近の口癖は専ら「辛い」「しんどい」だ。ちょこちょこ動き回らないと気が済まなかった女が、日曜日に仕事もプライベートも予定を入れず、只管に寝ている。39歳の高齢出産は、話に聞いていた以上のダメージを彼女に与えている。「母乳をあげるっていうのは、血を抜かれているのと同じなんだよ」。そういえば僕の周りでも、然も当たり前のように「母乳で育てろ」と言う男たちがいた。彼らは自分の関与することではないので、あれだけ強い口調で断言できたのだろう。何様のつもりなのかと思う。妻の話に戻る。以前は本当に、馬車馬か高麗鼠のように寝ないで働くことができた。本業は勿論のこと、『松竹芸能』に所属するタレントとして、こちらが「そんな無茶なスケジュールは止めろ」と止めても聞く耳を持たなかった。あれは2014年の師走か。東京のテレビ特番の為、スタジオで徹夜をし、休むこと無く関西ローカル番組『キャスト』(朝日放送)が組んでくれた自分の企画の為、小豆島へと移動した。天候は最悪。暴風雨と寒風吹き荒ぶ中、山の上にある霊験灼たかな神社を目指した。チェーンを握り締め、剥き出しの岩壁を攀じ登るがっしりとした足腰に、帯同したスタッフ曰く、「甲子園常連校の高校球児のようだ」と感嘆の声を漏らした。しかし、今は望むべくもない。兎に角、幾ら寝ても疲れが取れないという。性欲も減退し、夫婦生活もご無沙汰だ。“性豪”“女竿師”“絶倫女王”の名を恣にしてきた人だけに、浮気を疑っているが。

しかも、最近は髪がよく抜ける。家の床は幾ら掃除しようとも長い毛が散乱している。ジムに週に1~2回通ったおかげで、どうにか顔は元のサイズに戻りかけてきたが、腹の余った皮と肉は手の施しようがない。揶揄い半分に腹肉を摘むのだが、水が汲めそう。バケツの代わりになるのではないかと思うほどだ。今度はバレーボールに通うという。てっきり、先輩ママさんに混じってボールを打つのかと思いきや、チュチュを着けてシューズを履くという。40を目前にして初体験だ。夫として何かしてあげられることはないだろうか。せめて、他愛のないジョークでリラックスさせてあげたい。「あーしんどいしんどい」「鬼の霍乱ですね」「もう一度言ってみろゴラ」「安倍政権の暴走にも困ったものですね」。無理矢理でも卒乳させれば、しんどさは無くなるかもしれないという。しかし、それでは益々痩せないのでは。現時点で、体重は出産前のプラス10kgのままだ。其々のおウチで「母乳は○歳まで」と方針は違うだろう。ウチでは、「何歳になろうと本人の気が済むまで飲ませる。実際、今は母乳を飲みながらだと安心して長い時間眠るのだから」と話していたのだが。買っておいたアイスクリームをかき込みながら、妻の愚痴は止まらない。「あれほどお願いしたのに、代わりに産んでくれなかったし、授乳もしてくれない。あんたは一体何なの?」。断乳か体重か、それが問題だ。


樋口毅宏(ひぐち・たけひろ) 作家。1971年、東京都生まれ。帝京大学文学部卒業後、『コアマガジン』に入社。『ニャン2倶楽部Z』『BUBKA』編集部を経て、『白夜書房』に移籍。『コリアムービー』『みうらじゅんマガジン』の編集長を務める。2009年に作家に転身。著書に『日本のセックス』(双葉文庫)・『ルック・バック・イン・アンガー』(祥伝社文庫)・『さよなら小沢健二』(扶桑社)等。


キャプチャ  2016年7月28日号掲載
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