【中外時評】 裁判員制度はどこへいく――“不参加8割”の危うい現実

7年前の夏を思い出す。2009年8月3日。その日、東京地裁で全国初の裁判員裁判が始まった。どこにでもいる普通の人たちが、プロの裁判官と共に公判に臨み、人を裁くという重大な権力行使に直接携わる。同時に、権力をチェックする役割も果たす。そんな画期的な仕組みが動き出したのが、あの夏であった。幕開けの裁判はメディアの注目を浴び、熱気に包まれたものだ。法廷に普段着の男女6人が並ぶ光景は、時代の変化を印象付けた。見知らぬ市民が議論を重ね、決断を下し、社会正義の実現に力を貸す。多くの人々が、そこに民主主義の新たな可能性を感じ取った筈である。ところが今、そうして始まった制度が危機に立たされている。裁判員候補者として呼び出されたのに選任手続きに出席しない人が増え、実に8割近くが“不参加”という現実があるのだ。制度否定派が「ほら見たことか」と持ち出しがちな数字だが、この“不都合な真実”こそ直視すべきだろう。それなくしては、裁判員制度の課題は語れない。最高裁が公表しているデータを、ここで少し詳しく見ておこう。

裁判員制度が始まってから今年5月末までに、候補者に選ばれた人は累計85万人余。その内の7万人近くが裁判員・補充裁判員を務めた。“市民法廷”の広がりがわかる。しかし一方で、辞退者が増え続けている。年間13万人前後の候補者の内、当初53%程度だった辞退率は、現在は約65%に上昇した。本来なら、辞退は特別の場合にしか認められないが、運用はかなり柔軟だといっていい。それでは、辞退しなかった人は必ず裁判所に行くのだろうか。残念ながら、これもそうなってはいない。辞退を申し出る機会は裁判所に行くまでに2回あるが、その手順も踏まず無断欠席する人が相当数に上るのだ。今年1~5月の統計を見ると、出頭する筈だった約2万人の内、35%ほどが裁判所に現れなかった。無断欠席は2009年には約16%に留まっていたから、倍増である。結局、辞退や無断欠席を合わせると、今や候補者の76%余が裁判員裁判に参加していない。無断欠席には罰則(10万円以下の過料)もあるが、そんな決まりはどこ吹く風といった雰囲気だ。このままでは、裁判員になる人は社会の特定の層に偏ってしまうかもしれない。「ならばいっそ、裁判員候補者への締め付けを強めたらどうか」という声も出よう。辞退の条件を徹底的に厳格化する。無断欠席には法律通り罰則を適用する。そうすれば、人は裁判所にもっと出向いてくれるに違いない。が、制度をそんな堅苦しいものにしてしまっては本末転倒だ。「憲法が禁じた“苦役”に当たる」という声だって高まりかねない。ここが、この問題の厄介なところである。

「だから、残念ながら特効薬は無いんです」と最高裁判所事務総局刑事局の平木正洋局長は言う。「先ず、地道に制度の意義を説き続けること。それと、不参加の要因をきちんと分析する必要がある。審理期間の長期化がどう影響しているのか。非正規労働者の増加と関係はないか。その辺りを探らないと」。些か迂遠な話ではあるが、制度設計に携わってきた法曹の悩みは其々に深い。国学院大学教授の四宮啓弁護士が強調するのは、「裁判員の守秘義務が制度定着の大きな障害になっている」という点だ。「現行法では、評議の経過等を語ることは原則禁止で、一部の例外が認められているだけ。これを原則自由に転換し、禁止は例外的な事項だけにすべきです」と四宮弁護士は提言する。「守秘義務の重圧のせいで、『やってみてよかった』という声が多い裁判員体験が社会で共有されず、いつまで経っても制度の実像が見えてこない」。守秘義務の見直しは裁判員制度発足時から指摘され続けているが、手つかずのまま7年が経った。辞退や無断欠席がここまで増えてきた以上、真剣に緩和を考えてはどうだろう。この制度を社会の表舞台に引き出す効果は大きい筈である。最高裁によれば、辞退や無断欠席が増えても、今のところ、裁判員の職業別属性には偏りは見られないという。しかし、だからといって高を括っていたら、取り返しがつかなくなるかもしれない。手を打つなら今だ。あの夏の記憶が褪せ切らない内に――。 (論説副委員長 大島三緒)


⦿日本経済新聞 2016年7月31日付掲載⦿
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