【私の履歴書】大村智(29) 美術館を建てる――女性画家の作品一堂に

『女子美術大学』の100周年記念事業では、1つの大きな出合いがあった。記念展『ヴィーナスたちの100年』に出品されていた、卒業生の岡本彌壽子さんの作品『暁の祈り』の前で、ぴたっと足が止まってしまったのだ。矢を持った女性は、心配事か何かで神社にお参りした帰りなのだろう。祈りの雰囲気が実によく描けている。男性の絵では、こうはいかないだろう。これを機に、「理事長として卒業生の絵を集めてみよう」と思い立った。家内に「後で売れなくて困るわよ」なんて言われながらも、次々に購入した。1点10万~20万円のものもあれば、100万円を超えるものもあった。素人にも拘らず、「よくこれだけ良いものを集めたな」と褒められる。自分で言うのも何だが、眼識があるのだろう。軈て置き場が無くなってきたので、「美術館を作ってしまおう」と考えた。「日本には無い、女性画家の作品を集めた美術館にしよう」。そう思って平成19(2007)年10月、実家の隣接地に『韮崎大村美術館』を開館した。2階の1部屋だけは、私が好きな鈴木信太郎の作品を集めた。女性画家の常設展がある美術館は、世界でもアメリカに1つあるのみと聞く。2階には、3面に大きな窓を配した展示室兼用の展望カフェも設けた。自分で足場に乗り、八ヶ岳や富士山が見えるように窓の高さを決めたので、眺望には自信がある。

美術館建設の原資は、私が構造を明らかにした抗生物質を基に薬を開発したアメリカの製薬大手『イーライリリー』からの技術指導料と、規定に基づく『北里研究所』からの特許報償金等だ。最初の1年間は自分で運営して、年間の維持管理費や人件費を計算し、市に示した上で平成20(2008)年に作品ごと寄贈した。館長は私だが、韮崎市立の美術館として運営している。開館10周年となる来年、私の記念室を作ってくれるそうだ。生家を“蛍雪寮”と呼び、『北里大学』の学生たちとセミナーを開いたことは前にも書いたが、風呂は近くの温泉にバスで入りにいっていた。「いっそ自分で掘ってしまおう」と2年以上かけて掘削し、良質な温泉を掘り当てた。学生の頃に地質学の知識を身に付けていたので、「この辺りは有望だ」と考えたが、地盤が強固で予定より難航した。『武田乃郷 白山温泉』と名前を付けた。億単位かかった。嘗て訪れたスイスの洗練された観光地を思い出し、看板は控えめにしてある。温泉は好評で、静岡県辺りからも日帰り客が来る。要望に応えて、隣に『そば処 上小路』も造った。両方とも私のコレクションから選んだ絵画をかけて、楽しんで頂いている。これだけの絵を鑑賞できる風呂屋さんや蕎麦屋さんは、中々無いだろう。故郷では、仲間との再会も楽しみだ。実家の近くに住んでいた友人の田辺達之さん、彼の紹介で知り合った山寺仁太郎さんと私の3人で始めた飲み会がどんどん広がって、“会”を作ることになり、私が『同事会』と名付けた。曹洞宗の教書『修証義』に出てくる言葉で、「差別をせず、皆で仲良くやろう」という意味を込めた。会員には、地元の名士や財界人が名を連ねる。ノーベル賞受賞後も、ゴルフ仲間の『明日の会』と共に真っ先にお祝いの会を開いてくれ、500人も集まった。故郷の様子がわかって有難い。


⦿日本経済新聞 2016年8月29日付掲載⦿
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