【私の履歴書】大村智(30) 伝承――北里イズム、次の世代へ

私の居室は、『北里大学北里生命科学研究所』の2階にある。この研究所は、長年の願いが叶って実現した、従来の学部-大学院研究科の縦型の教育研究組織から脱した、“大学院大学の研究部門”という位置付けだ。隣では、『北里研究所』本部管理棟等の新築工事が順調に進んでいる。これまで北里研究所の改革に力を注いできたのは、先人の残されたものをきちっと次代に引き継ぐ為だ。研究所には北里柴三郎先生の抗体療法と並び、志賀潔や秦佐八郎、そして秦藤樹先生へと続く化学療法に関わる研究の伝統がある。私は、この流れを秦先生から研究施設や多くの微生物と共に受け継いだので、自分の研究室『大村室』をスムーズに立ち上げられた。今日まで、実に多くの仲間に支えられてきた。私が『エバーメクチン』を最初に発表した論文の共著者である大岩留意子君は本当によくやってくれたが、残念ながら癌で亡くなった。ノーベル賞授賞式に出発する前にお墓参りし、写真を持って式典に臨んだ。名誉教授で創薬資源微生物学寄付講座コーディネーターを務める高橋洋子君は、高校卒業後、秦先生の研究室の研究補助員として採用された。本人は尻込みしていたが、私は博士号をとるよう勧め、アメリカ留学のお手伝いもした。見事に期待に応えてくれた。やはり、秦室以来の付き合いの増間碌郎君と共に、研究を発展させてくれた。

大村室からは、これまでに31人もの教授が出て、後を託せる人材も育ってきた。砂塚敏明教授は、化合物の合成や化学変換で実績を上げている。若い人たちを引き付け、資金集めにも努力している。スクリーニング(探索研究)を担当する塩見和朗教授も、研究室に欠かせないリーダーだ。池田治生教授は、微生物の遺伝子レベルの研究を引っ張る。放線菌の遺伝子操作による新規物質の創製は昭和60(1985)年、イギリスの『ジョン・イネスセンター』のデービッド・ホップウッド教授との共同研究により、世界で初めて実現し、抗生物質『メデルロジン』を作った。池田君は同博士のところに留学後、エバーメクチンを作る放線菌のゲノム(全遺伝情報)解読の中心となった。平成13(2001)年にカナダのバンクーバーで開かれた国際シンポジウムで、彼が解読結果を発表すると、主催者が思わず「有難う。そしておめでとう」と言うほどインパクトがあった。ゲノム解読には9億円かかった。半分を通商産業省(現在の経済産業省)の研究費で賄えたとはいえ、特許料収入が無ければできなかっただろう。この放線菌のゲノム上には、30を超える物質を作る遺伝子が載っていることがわかった。無駄なものを作らないよう、ゲノムの20%をカットしたものも作った。ここに、欲しい物質を作る遺伝子を組み込めば効率がいい。創薬革命に繋がる技術だ。そんな事に誰も気付かないうちから取り組んできたのが、私たちの強みだ。海外の多くの研究者と友好を深め、広い分野の知識を得られたことも力となった。天然有機物化学の大家で、昭和44(1969)年のノーベル化学賞受賞者であるデレック・バートン教授(故人)は、『第1回マックス・ティシュラーメモリアルシンポジウム』で講演して頂き、平成10(1998)年に亡くなるまで交流を続けた。平成13(2001)年のノーベル化学賞を受賞したバリー・シャープレス教授とは、今も共同研究をしている。


⦿日本経済新聞 2016年8月30日付掲載⦿
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