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【改革開放40年】第3部・新日中関係(05) 満州国が残したもの

20180831 06
8月の猛暑の中、吉林省敦化のハルバ嶺と呼ばれる山間で、ガスマスクと防護服を身に着けた日本人が旧日本軍の砲弾を手作業で掘り出していた。日中両政府による、旧日本軍の遺棄化学兵器の処理事業だ。ハルバ嶺には、呼吸障害等を引き起こす有毒物質入りの30万~40万発が、「錆びたり一部が破損したりした危険な状態」(現場関係者)で埋設されたままになっている。氷点下20℃を下回る厳冬期を除き、人口約46万人の辺境の都市・敦化に、不発弾処理に習熟した元自衛隊員ら200人以上が常駐する。事業は1990年、中国政府が非公式に日本側に遺棄化学兵器の対応を迫ったことが発端となり、1999年に始まった。日本政府が費用を全て負担し、投じた金額は一昨年までで2200億円を超える。当初は「中国に譲歩し過ぎだ」との批判も出たが、日本側には「日中関係の安定に資するという戦略的判断があった」(政府当局者)という。現在の5つの遺棄化学兵器の発掘現場は、嘗て満州国だった東北部に集中する。対ソ連戦も想定した旧日本軍が、戦略的要衝だった満州に多数持ち込んだ為とみられている。遺棄化学兵器の総数は今も不明だ。ここ数年でも、黒竜江省佳木斯の浚渫中の川底等から発見が相次いだ。2022年までの処理完了目標の達成は「微妙」(関係者)な状況だ。

中国東北部では今も“戦後”が暗い影を落とす。だからこそ、新時代を切り開こうとする動きもある。終戦前後に肉親と死別する等して中国で育ち、1980年代に多くが日本に渡った残留孤児。その2世・3世たちが中国に次々と“帰国”し、日中の橋渡し役を担おうとしているのだ。満州事変勃発から81年にあたる2012年9月18日、瀋陽の日本総領事館前で沖縄県尖閣諸島の国有化をきっかけに起きた抗議デモに、九州出身の残留孤児3世にあたる30代の男性が潜り込んだ。中国人が何を考えてデモに参加しているのかを知りたかったからだ。意外だったのは、火炎瓶を投げる若者に「止めろ」と窘める人がいたことだった。理由もわからずにデモに参加する人もいた。男性は「遠くから見れば怖いが、1人ひとりの意識は間違いなく変わっている」と確信し、2年後に藩陽で居酒屋を開いた。客からの嫌がらせ等も「受けたことはない」。藩陽には2世・3世の仲間が5人以上いるが、何れも日本に関わる仕事に就いているという。在広州日本総領事館に経済産業省から出向している石澤義治領事(32)も3世だ。1世の祖父の家族は、山形県からの『満蒙開拓団』に参加して入植した。石澤さんは13歳で祖父らと山形に渡るまで、「肉を食べられるのは正月ぐらい」という黒竜江省の農村で育った。日本の中学では「おい中国人」と苛められもしたという。今は中国の企業や当局に人脈を築き、日本企業の進出支援業務に当たる。管轄の広東省深圳では中国企業による自動運転やAIの開発が急ピッチで進んでいるが、「日中関係が冷え込む間に欧米企業に先行された」と焦りを感じている。石澤さんは言う。「中国の良いところは活用し、悪いところは上手く防ぐ。『中国はもういい』では、あまりにもったいない」。歪な関係が続く日中の“戦後”に翻弄された石澤さんが結論として出したのは、まさに互いに利益を得ながら関係を成熟させていくという、日中両政府が2007年に合意に至った“戦略的互恵”の関係だった。 =おわり

                    ◇

鎌田秀男・吉永亜希子・角谷志保美・中川孝之・比嘉清太・東慶一郎・竹内誠一郎が担当しました。


キャプチャ  2018年8月21日付掲載
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