『シン・ゴジラ』から考える首相官邸の中空構造――“巨災対”は司令塔の候補地、“がらんどう”にも妙味

20160928 07
永田町と霞が関で「もう見た?」が挨拶代わりとなった映画『シン・ゴジラ』(東宝)。謎の巨大生物が首都東京を壊滅させかねない危機に、政治家や官僚が国家の意思をどう決定し、立ち向かうか。そのプロセスのきめ細かな描写が、政策当局者に異例の評判を呼ぶ。立案・調整・決断の舞台となる首相官邸の“中空構造”やスタッフの在り方も、改めて考えさせられる。この映画から多くの政治家や官僚が連想するのは、東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故だろう。危機管理に当たる首相と閣僚が縦割り行政にもたつき、アメリカの圧力の下で小田原評定の末、自衛隊の超法規的な防衛出動を決断する。でも、ゴジラは倒せない。若手政治家の官房副長官が指揮する異能の官僚や学者の緊急対応チームが、秘策に知恵を絞る――。「“巨災対”は、かつて私が官邸の図面と対峙しながら、首相直属の国家戦略スタッフを集めるにはここしかないかもしれぬ、と目をつけていた官邸2階中庭そばのスペースに置かれていた」。自身のフェイスブックにこう書き込んだのは、旧民主党政権で官房副長官を務めた慶應義塾大学教授の松井孝治だ。“巨災対”とは、映画中の緊急チーム『巨大不明生物災害対策本部』の略称だ。急遽設置され、大部屋に机・椅子・複合機がババッと運び込まれる。そこが政権交代当時、予算編成の基本方針等を企画・調整する官邸の司令塔として構想した『国家戦略局』を置くかどうか思案した場所だったという。各省の省益を脇に置き、時の内閣の重要政策の企画立案や総合調整を担う直属スタッフを官邸にどう集め、組織を整えるか――。

官邸機能の強化を目指した橋本行革による省庁再編が2001年に始動。その直後から、“首相の権力”を強烈に意識する小泉純一郎が内閣を率い、2002年には新たに建設した今の官邸に移る。直属スタッフ整備の命題は、歴代の首相も引き継いできた。小泉は、2つの新機軸を試みた。第1は、経済学者の竹中平蔵(現在は東洋大学教授)を新設した首相直轄の経済財政諮問会議の担当大臣に据えたことだ。竹中は後に、金融担当大臣や郵政民営化担当大臣も兼務。旧知の学者や経済人ら民間の人材とも連携し、小泉構造改革の企画立案の中枢を一手に担った。第2は、首相秘書官を出していた財務・外務・経済産業・警察の4省庁に加え、防衛・厚生労働・総務・国土交通・農林水産・文部科学の各省からも、課長級の特命参事官を官邸に常駐させたことだ。首席首相秘書官だった飯島勲がこの秘書官・参事官チームを統括し、各省の省益を脇に置かせて官邸主導に腐心した。続く安倍晋三(第1次)ら3代の首相は、小泉流の官邸主導を継承するのか、それ以前の自民党主導の政策決定に戻るのか、迷いながら倒れていく。政権交代を果たした旧民主党は竹中路線を否定し、諮問会議の廃止を宣言。その半面、「官邸主導は引き継いで、“小泉個人商店”をもっと制度化しよう」と構想した。それが官房副長官をヘッドに、実力派の官僚や民間人を集める内閣官房の国家戦略局だった。当時、松井は国家戦略局の中核を担う人材として、各省で同期のトップクラスと見られた3人に白羽の矢を立てた。財務省主税局審議官の佐藤慎一、総務省自治税務局審議官の佐藤文俊、経済産業省総括審議官の立岡恒良である。だが、副総理・国家戦略担当大臣の菅直人が戦略局を官僚主体にすることには慎重だった上、政権運営のドタバタから同局新設の立法も後回しになる。

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新組織は、課長級の官僚らを集めた小ぶりな『国家戦略室』を脱し切れない。やむなく松井が着目したのが、首相を補佐する内閣官房の既存の組織、通称“補室”だった。内閣官房には、官房長官・官房副長官(3人)の下に次官級の官房副長官補が3人いる。官房副長官補は財務省・外務省・防衛省の出身者で、内政・外交・危機管理を分担。その指揮下で政府部内の総合調整に当たるのが補室だ。補室も、橋本行革で内閣官房を再編・強化した果実。松井は、招集した3人をここに投入する。皮肉なことに、一段と増強された補室は、東日本大震災後の復興構想作りを取り仕切る等、旧民主党政権の目玉商品に育てる筈の国家戦略室を凌ぐ調整力を屡々発揮した。それを裏付けるように、財務省が官邸アクセスの橋頭堡として、従来になく補室を重視し始めた。安倍自民党が政権に復帰すると、国家戦略室は廃止したが、補室の新体制は存続させている。最初の審議官級3人は、立岡が経産事務次官を務めて退官。両佐藤は現在、其々財務事務次官・総務事務次官に上り詰めている。3人の後任も、例えば財務省を見ると、必ず本流の主計局次長ポストに戻している。次官候補が居並ぶ補室だからこそ、各省に睨みが利く。第2次安倍内閣から、既に在任が3年半に及ぶ内政担当の副長官補が、財務省出身の古谷一之(元国税庁長官)だ。官房長官である菅義偉の信任は厚い。地方創生・1億総活躍社会・働き方改革と、安倍が次々に打ち出す目玉政策を推進する為、各省横断でスタッフを集めてはチームを編成し、束ねる。ギクシャクしがちな安倍官邸と財務省の狭間にも立つ形で、重みを増す。

今や、首相秘書官がいない各省は、古谷・補室を通じて官邸アクセスの確保に躍起だ。一方、安倍がトップダウンで打ち出し、補室に落とす成長戦略の“タマ”を企画立案するのは、官邸周辺で動く経産官僚たちだ。司令塔は、首席首相秘書官の今井尚哉。内閣官房の『日本経済再生総合事務局』を経産事務次官の菅原郁郎が実質的に仕切り、“経産省内閣”と皮肉交じりに呼ばれる。『シン・ゴジラ』の危機管理には登場しないが、安倍官邸の新機軸はまだまだある。外務大臣・防衛大臣ら関係閣僚による『国家安全保障会議(日本版NSC)』を創設。事務方トップの国家安全保障局長に谷内正太郎(元外務事務次官)を据え、安保法制整備も切り盛りさせた。各省幹部人事を官邸主導で進める為、『内閣人事局』も新たに設けた。最近は縦割り行政の弊害より、“何でも官邸団”と化すリスクも芽生えている。映画の緊急対応チームは、ゴジラ封じ込め戦略を立案するだけではない。本省の有力幹部に後方支援を陳情し、民間企業や外国の研究機関等のコネも総動員して、戦略を実行に移す。異端児集団という設定とは裏腹に、国全体を動かす人脈や調整力も併せ持つ。そうした機能に加えて、このチームが官邸という最高権力の館の中に物理的に収められている点も目を引く。現実の官邸には、首相や官房正副長官の秘書官チーム・首相補佐官らは別として、政策実務を担当するスタッフの大組織は常駐していない。補室・国家安全保障局・内閣人事局・経済再生総合事務局は、周辺の庁舎に分散する。官邸は2階から屋上まで吹き抜けの中庭があり、周りを執務室や会議室が囲む構造。見た目からしてがらんどうだ。「官邸には巨大な中空が存在する。反語的に言えば、その中空は必要である。それは、いざという時に司令本部として埋められる為のスペースである」。松井は、「中空構造にも妙味がある」と説く。ここぞという局面で首相が閣僚を集めて断を下し、直属スタッフが官邸の威光を背に政府全体を動かす。埋められる中空があるからこそ、“決断の館”にダイナミズムが働く面もあるという。権力の中枢が人々を従わせる権威も纏うには、平時は少数精鋭が寧ろ好都合かもしれない。官邸の戦略スタッフをどう使い熟すかは、時の首相の政治スタイルにも左右される。機能と空間配置の両面から、『シン・ゴジラ』にも答えの無い問いかけは続く。 《敬称略》 (本紙編集委員 清水真人)


⦿日本経済新聞電子版 2016年9月27日付掲載⦿

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