<画像3枚> 潜伏先の宮古島で堂々ご開帳! 清原和博が消せない“昇り龍の入れ墨”

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今月上旬、宮古島を訪れた清原と、10年来の知人のB氏(右)。乗っているのは、地元の観光業者のボート。清原の脛が綺麗なのが意外。

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宮古島の海で遊ぶ清原と弟分のA氏(手前の人物)。清原の左胸には、昇り龍の入れ墨がうっすらと見える。

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今月5日、宮古島から戻り、現在の拠点から程近い関西国際空港に到着した清原。多くの他の利用客は短パン姿だったが、清原は長ズボンを穿いて入れ墨を隠していた。

真っ青な宮古島の海を、1隻の観光業者のボートが走っている。今月上旬の晴天というレジャーにうってつけの日とあって、船上の客の男たちも上機嫌だ。開放的な気分からか、右足の龍の入れ墨を隠す様子も無い。カメラに向かって“アロハ”のポーズをする大柄の男、清原和博(49)である。潜伏生活を続ける清原が、弟分である六本木のサパークラブ経営者・A氏(2枚目写真でピースサインをしている人物)と宮古島を訪れていたことは、本誌既報の通り。今回、本誌は滞在中に撮影された清原のプライベート写真を入手した。宮古島では、『シギラリゾート』で料理長を務めているB氏(1枚目写真の右側の人物)も同行していた。清原とB氏は10年来の付き合い。B氏が仕事中に着る料理人の服が大工の棟梁のように見えるという理由で、清原が親しみを込めて彼を“棟梁”と呼ぶほどの仲だ。一行は、B氏が働いているシギラリゾートの高級ヴィラに泊まり、“東洋一”と呼ばれるビーチで遊ぶ等、宮古島を満喫。本誌が入手した写真は、その際に撮られたものだ。宮古島の自宅前でB氏に話を聞いた。「キヨさんとお会いしたのは5年ぶりぐらいでした。キヨさんは、宮古島には単なるバカンスで来た訳ではありません。オリックス時代から大切にしてきた場所を回っていたんです。(オリックスがキャンプで使用した)宮古島市民球場を訪れたり、“仰木ロード”(※故・仰木彬監督がキャンプの際に歩いていたホテルと球場を繋ぐ12.15kmの道)も歩いていました。お気に入りの多良川酒造に行った際も、そこに置いてあったオリックス時代の写真を眺めていたそうです」。中でも清原が拘ったのは、2010年のキャンプ中に亡くなった元オリックスの小瀬浩之(享年24)のことだったという。滞在中のホテルでの転落死だったが、現場の状況から自殺説も囁かれた。清原が特に目をかけていた後輩だった。「現場のホテル周辺に着くと、キヨさんは1人で建物の前まで行き、そこで長い間手を合わせていました。僕たちは車から遠目に見ていました。車に戻って来ると、『中々来れへんかったからな。かわいがっとった後輩なんや。“イチロー2世”言われてな、いい選手やった』と言っていました」(B氏)。B氏は「バカンスではなかった」と話すが、昔の遊び仲間と気分転換を兼ねてやって来たことには違いない。「遊ぶこと自体が悪いのではなく、昔の遊び仲間と一緒にいることが問題」(元厚生労働省地方厚生局麻薬取締部捜査第一課長の高濱良次氏)という指摘もある。薬物治療において、過去の人間関係の清算は不可欠だ。清原が初めて入れ墨を入れたのは、2008年の引退直後。以降、夜の街や暴力団関係者との関係は深まり、坂道を転がり落ちるように薬物に溺れていった。清原の行状からは、過去と決別し、本気で治療と向き合う姿勢は感じられない。消せない入れ墨が、その最大の証左だろう。


キャプチャ  2016年10月14日号掲載

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