【男の子育て日記】(20) ○月×日

互いにエキサイトするあまり、妻とはよく離婚話が持ち上がる。その時、あちらは決まって昔話を持ち出してくる(女って何でいつまでも覚えているんだろう)。親しい編集者(庇っているのではなくマジで誰か忘れた)に妻の職業とエピソードを伝えたら、「(仮に結婚したとしても、離婚する時は)身ぐるみ剥がされるよ」と言われた。それを悪気なく話したところ、今でも根に持たれている。妻には、この“身ぐるみ剥がす”というのが酷く癪に障るらしく、喧嘩をする度に蒸し返してくる。自分は男に頼らない自立した女になる為に、猛勉強をして弁護士になったのに、まるで寄生虫の如く、もっと言うと「カネ目当てに結婚をした」みたいに言われるのが悔しいのだと思う。勿論、僕は金持ちなどではない。『タモリ論』を上梓した年を除けば、妻の半分しか年収がない。妻は金剛力士像のような顔で口走る。「今後の養育費もいらないし、これまで掛かった経費も全額返す。但し、一文にはもう会わさない」。妻は怒るだろうが、敢えて言いたい。「『身ぐるみ剥がされるよ』と言った人は正しかった」と。僕にとって「一文に会えない」というのは、「身ぐるみ剥がされる」と同義語だからだ。あの子がいない人生なんて考えられない。「俺のほうがオムツを替えてきたし、ミルクを作ってきたから、親権はこっちだな。次に一文に会えるのは、この子が20歳の時だぞ。しかも、丁寧語を使われて」。冗談とはいえ口にしてきたけど、僕ももう止める。

昔は、こんな風に思っていなかった。「こちらにカネを求めず、勝手に産んで育ててくれたらそれでいい」。酒席でそう言う人がいて、同調していた。昔、デビッド・ボウイがインタビューで、「スーパースターの座を手にした貴方でも後悔はありますか?」と訊かれて、「子供が幼い頃、一緒にいてあげられなかった」と答えているのを見て、「はぁ? そういうもんすかね」と10代の僕は鼻で笑っていた。ボウイが亡くなった時、映画監督になった息子のダンカン・ジョーンズは、自身のツイッターで、父の死を伝える文に幼い自分を肩車する父の写真をアップしていた。僕はボウイに詳しくない。しかし、“地球に落ちてきた男”とは思えない幸福が溢れる笑顔だった。「家族って最高」とか「親子の絆が一番」とか、何でもかんでも良い話にすり替えるのは好きじゃない。父親になった今も唾棄の対象だ。だけど、確実に言えることは、以前の僕とは違う。未だ妻と出会う前、「樋口は子供ができたら可愛がるんだろうね」と何人もの人から言われた。「えっ、俺って自分の小説の中で赤ん坊を頭から落として踏み殺したりしているよ?」と思ったけど。今後、作風が変わるかもしれない。変わらないかもしれない。ただ1つ言えることは、途端にいい人になって、凡庸でありふれた、お涙頂載の小市民賛歌だけは書くまい。これからも、僕は小説でもエッセイでも面白いものしか書かない。たとえ読者が、今、これを読んでいる君1人しかいなくなったとしても。約束するよ。


樋口毅宏(ひぐち・たけひろ) 作家。1971年、東京都生まれ。帝京大学文学部卒業後、『コアマガジン』に入社。『ニャン2倶楽部Z』『BUBKA』編集部を経て、『白夜書房』に移籍。『コリアムービー』『みうらじゅんマガジン』の編集長を務める。2009年に作家に転身。著書に『日本のセックス』(双葉文庫)・『ルック・バック・イン・アンガー』(祥伝社文庫)・『さよなら小沢健二』(扶桑社)等。


キャプチャ  2016年9月29日号掲載
スポンサーサイト

テーマ : パパ育児日記。
ジャンル : 育児

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR