【「佳く生きる」為の処方箋】(20) “生かす手術”と“佳く生かす手術”

心臓外科医にとって、手術は2通りあると考えています。患者さんを“生かす手術”と“佳く生かす手術”です。生かす手術は、“死なせない手術”と言い換えてもいいでしょう。一方、佳く生かす手術は、患者さんの生活の質を高め、健康寿命を延ばすことに貢献できる手術と言えます。こんな例があります。著名な政治家だった方ですが、嘗て、ある病院で『僧帽弁閉鎖不全症』の手術を受けました。この病気は、左心房と左心室の間にある僧帽弁が上手く閉じなくなって、血液が逆流してしまう心臓弁膜症のひとつ。手術では、悪くなった僧帽弁を人工弁に取り替える弁置換術が行われました。人工弁は体にとって異物で、血栓ができ易い為、術後は抗凝固薬を一生飲み続ける必要があります。この方の場合、手術自体は順調にいき、その後は元気に仕事をされていたのですが、抗凝固療法で躓いて腸管血栓症を起こし、闘病の甲斐なく帰らぬ人となりました。偶然ですが、この方の手術とほぼ同じ頃、私は全く同じ病気の患者さんを手術しました。術式は弁置換術ではなく、弁形成術でした。患者さん自身の弁を修理して、本来の機能を取り戻す手術です。これだと、術後に抗凝固薬を服用する必要が無く、全く普通の生活が送れます。もう10年近くになりますが、この患者さんは今も元気にバリバリ仕事を続けておられます。後者の患者さんは手術を受けることで、“佳く生きる”チャンスを手に入れました。片や、前者の患者さんが受けたのは“生かす手術”ではあったが、“佳く生かす手術”とは言えませんでした。同じ弁膜症の手術でも、これだけ明暗が分かれることもあるのです。

勿論、弁膜症の患者さん全員に弁形成術ができる訳ではなく、病状や技術的な難易度から弁置換術しかできない人もいます。弁形成術は複雑で技術的に難しいですから、外科医の経験や腕に左右されるのです。ただ、外科医なら手術内容を工夫する等して、ギリギリまで弁形成術ができる可能性を追求すべきでしょう。無論、これは他の難手術についても同様です。例えば、心臓手術を受ける際には、手術による死亡リスクを事前にスコア化します。このスコアが高い患者さんの場合、我々のところでは入院管理等で病状を極力改善させ、スコアをできるだけ低くしてから手術に臨むようにします。これも、佳く生かす手術をする為の努力のひとつなのです。しかし、現実にはそういう努力をしないまま、さっさと安易な手術をしてしまう外科医も少なくありません。彼らにとっては、患者さんを生かすこと・死なせないことが手術のゴールであり、抑々、「患者さんを長期に亘って佳く生かす」という発想そのものが欠けているのかもしれません。患者さんが術後に一定期間生きてさえいれば手術死亡はゼロであり、死亡率の低さは病院の評判に直結します。数字には、患者さんの“生きる質”までは反映されないのです。実は私自身も、若い頃はそういう外科医の1人でした。しかし、50代に入った頃から疑問を感じるようになったのです。「患者さんを死なせないことは最も大切だが、果たしてそれだけでいいのか。死亡率が低いことを前面に出して自慢するのは、外科医の自己満足に過ぎない。術後に健康寿命を謳歌できる、本当に患者さんの側に立った治療をしているのだろうか…」と。そうして辿り着いた理想像が、“佳く生かす”手術だった訳です。「外科医は、単に生かすだけの手術で止まっていてはいけない。自分を鍛えて、その先を目指さなければいけない」と気が付いたのです。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2016年9月29日号掲載
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