女と付き合えない男の言動はここが気持ち悪い――「面白い」「男らしい」「コミュニケーションできている」なんてのは男の勘違いでしかない!

右を見ても左を見ても恋愛だらけの日本社会。なのに、貴方に素敵な恋が訪れないのは、貴方が知らず知らずに超キモい言動を取っているから。そう、全て貴方のせいなんです。反省しましょう。 (エッセイスト 大泉りか)

20161007 09
態々言うまでもなく、当然のことなのですが、“ありのままの自分でモテる”なんてことは、よっぽどのイケメンでもない限り、先ずあり得ません。だからこそ、「イケメンではないことはわかっているけれどモテたい」と思っている大多数の男性たちは、多かれ少なかれ、モテる為の努力をしている…筈ですよね。なのに、何故かモテない。その理由がおわかりになりますか? それは、その“努力”の方向性が完全に間違っているからです。前回は男性の清潔感とファッションについて触れましたが、今回はコミュニケーションスキル編をご紹介致します。モテる為には、男女間の“コミュニケーション”が大切なのは言うまでもない事実ですが、殆ど全ての男性は、そのコミュニケーションについて酷い“勘違い”を重ねて、モテるチャンスを台無しにしています。「俺は勘違いしてない筈」というのが抑々勘違い。それくらい、「勘違いしていない男性などいない」と言っても過言ではありません。具体例を挙げていきましょう。先ず、1つ目の勘違いは、“面白い”の勘違いです。男性は“モテ”というと、直ぐに“面白い”を目指そうとしますが、それは独り善がりな勘違いです。確かに、小中学時代等はモノマネ等が上手な、ひょうきんな人がモテる傾向にあったかもしれません。が、それは飽く迄も小中学時代の話です。当時、“面白い”と人気の男子生徒に羨望を抱いていたのだとしても、いい加減、現実に意識を向けて下さい。同時に、“面白い人”の代表――テレビ等でよく見かける“芸人”の真似をすればいいというのも、小中学生並みに短絡した思考回路です。いくら真似したところで本家に届く訳もないですし、“真似して笑いを取る”という行為自体が中年臭い。「馬鹿馬鹿しい」「くだらない」と苦笑くらいはしてもらえるかもしれませんが、そんな笑いを取っても男女の恋愛とは無関係です。真似まではいかずとも、芸人のエッセンスを掬い取った“矢鱈と声を張る”わざとらしく笑う”“人を落として笑う”といった振る舞いも、女性に嫌われます。デカい声を出したところで、素人のくだらないトークが面白くなる訳ではないですし、わざとらしく笑い声を上げられるのは、バカにされているようにしか思えない。

普通の会話をしているのに大きい声で割って入ってくるって、“空気を読む”って言葉を知らないのでしょうか? 「アホか!」「バカじゃねぇか!」等、そこにいる他の人を貶めるような突っ込みをいれて笑うのも、どんだけ笑いのレベルが低いんだって話です。人に嫌な思いをさせて笑いを取る行為が、“イジリ”という便利な言葉で正当化されるのはテレビの中だけです。特に、「腕が太いね」「顎がしゃくれ気味」「ちょっと老けた?」等といった女性のルックスに関わる発言には、女性は敏感に反応します。“過敏”などでは決してなく、男性が“無神経”なだけなんですけどね。服装等のセンスに関しては、男性は女性のファッションの流行なんてどうせわかっていない訳ですから、余計な口出しは無用。雑誌等で紹介されているナンパテクに「最初にわざと辛辣なことを言って距離感を近付ける」というものがありますが、そんなのはイケイケのイケメン、若しくはカネ目当ての女がわさわさと寄ってくる権力者のどちらかだからこそ、辛うじて許されるような上級テクニックです。まぁ、若しかして世慣れた女性が「私、ドMなんで嬉しい」なんて煽ててくれるかもしれませんが、それは飽く迄も口だけ。裏では「あの人、何であんなに偉そうなの?」と悪口を叩かれるのが関の山なので、普通の中年男性は止めましょう。反対に、自虐ネタを「面白いだろう」と思って喋る人も多いですが、聞いているほうからすると只管にしんどいです。ネガティブの根底に、「俺はコンプレックスを克服して、笑いに昇華するところまで辿り着いているんで」というドヤリが透けて見えているんですよ。そんな中学生並みの自意識に付き合うほど、女性の精神年齢は低くありません。「人を笑いものにしない」と同時に「自分も笑い者にしない」ということを、今一度、胸に叩き込んで下さい。また、いくら自分では“すべらない話”だと自負していても、武勇伝や自慢話は、聞いているほうはちっとも楽しめません。たとえオチの面白さに自信があったとしても、「あー、例のヤツが始まったか」と心のシャッターを瞬く間に閉ざされてしまうので無意味です。抑々、過去の栄光にいつまでも浸っているのは、今現在、誇れるのものが何も無いからであって、女性はそこに惨めさしか感じ取りません。極偶に「えーっ、すごーい」と自尊心を満足させてくれるような反応をする女性もいるでしょうが、それは“合コンさしすせそ(流石・知らなかった・凄い・センスいいよね・そうなんだ)”を忠実に実行しているだけ。「女の処世術にいい気になれるって、どれだけ能天気なの?」って話です。

20161007 10
2つ目の勘違いは、“男らしさ”について。“男らしさ”は、言い換えると“俺様アピール”です。これは武勇伝を語ることとも被るのですが、更にタチが悪いのが“乱暴”と“男らしさ”を履き違えることです。態と車を乱暴に運転しても、「度胸があってかっこいい」と女性がうっとりする訳もなく、「二度と乗りたくない」と思われるのが関の山ですし、飲食店の店員に感じ悪く当たる男性を「強くって素敵」なんて思う女性は皆無でしょう。強く出れない立場の人を相手にしか威張ることのできない自分を恥じて下さい。“ドアを強く締める”“無視する”“物に当たる”等も全て、女性の苦手とする暴力的行為です。今時、ヤンキーが持て囃されるのは、未成熟故にガキ大将が権力を握れる小中学校、若しくはド田舎の文化的未開の地だけです。そこには、お子様か、コンドームも使えないサル以下の人々しかいないという事実を鑑みれば、30代・40代ともなってそこにコミットするのは愚かな行為だと理解できますよね。“男らしさ”をアピールしたいが為に、女性蔑視な言動を取るのも以ての外です。男尊女卑な言動は“DV男”の素質ありとして、今時は女性から最も警戒されます。男性の多くは、無意識な男性像のモデルに“父親”を置いています。これは、成長する過程で最も身近にいる男性が父親だからです。その為、女性に対する接し方として、自分の父親が母親にやってきた態度をなぞる傾向にあります。しかし、昭和の母親は現代の女性よりもずっと我慢強く、理不尽に耐える気質を持っていましたが、平成になって四半世紀も過ぎた今となっては、貴方の“男らしい”の勘違いに黙って耐えてくれる母親のような女性がいる訳もありません。抑々、恋人は母親代わりではありません。父親の前時代的な振る舞いを知らず知らずにコピーしているだなんて、未だに親の庇護下から抜け出せていないようで、恥ずかしいことでもあります。独立した人間として、今一度、その態度を考え直しましよう。

「有難う」「ごめんね」を言えないのも、“男らしさ”の勘違いではないでしょうか。「男は他人に借りを作ってはいけない」「男に謝らせるな」等は、これまた前時代的、化石のような思考です。若しかして、古き良き友情ドラマにありがちな、言葉がいらないくらいの精神的シンクロを望んでいるのかもしれませんが、そんなものは作り物の中の話。“親しき仲にも礼儀あり”って習いませんでしたか? 今時、幼稚園児でも「有難う」「ごめんね」くらいは言えますよ。3つ目の勘違い。それは、“コミュニケーションが取れている”の勘違いです。「セックスがしたい、セックスをさせてくれるだろうか?」と下心ムンムンの男性が、「人間としての内面まで見てほしい」と願っている女性を相手にコミュニケーションを取ろうとしたら、そこに齟齬が生じるのは当然のこと。かといって、男性と接するのと同じように女性と接するのも、これまた大間違いなのです。“男も女も同じ人間”なのは揺るがぬ事実とはいえ、実際問題、好む話題や楽しいと思う時間の過ごし方が全く違います。なので、何も考えずに男性同士で話すかのように女性と話していたら、誤解や不快が生じるのは当たり前。この大前提に気が付かないままでモテようなんて、全くのバカとしか言いようがありません。例えば、よく男性がしがちなのが一方的な俺語り。面白くも何ともない話に辟易した相手が話題を変えようとしても、遮って、また同じ話に戻すという行為を繰り返されて、うんざりしない人はいません。勿論、女性でも自分の話ばかりする人はいますが、その場合は単につらつらと思っていることを述べているだけなのに比べ、男性が女性に“俺語り”をする場合は、「俺って凄い」という自慢が差し込まれることが多い。そこが、聞いている相手を余計に食傷させるんです。相手の話したことを丸ごと否定したり、マウンティングして潰す癖のある人も多いですね。本人は理性的・理知的な会話をしているつもりかもしれませんが、実情は殺伐とした言い争いを吹っ掛けているだけです。“だよね”“でしょ?”といった同調の言葉で繋いでいく女性に比べ、男性は“いや”や“でも”といった反論で会話を繋いでいく傾向にあります。男性が会話に“自分のスタンス”“意見を主張すること”を求める一方で、女性は“共感”を目的とします。どちらが正しいというのはないですが、2人の差異ばかり際立たせるよりも、共通点を見い出していったほうが当然、会話は盛り上がりますよね。

20161007 11
折角、女性側が話を振ってくれているというのに、「興味が無いから」といって上の空なのも、あまりに自分勝手で誠意がありません。「だって興味無いんだから仕方がないですよね」と相手に責任を押し付けるのもいいですが、「私に興味が無いんだな」と思われた時点で恋愛の対象外決定です。恋愛関係に発展させる上で、「貴方に興味がある」ということを伝えるのは非常に大切です。モテるチャンスをみすみす見逃していることになりますし、抑々、人間として小さ過ぎます。自分の考えを主張する場合に“普通は”“常識的に考えて”と世間一般の尺度を出すのも、モテから程遠い行為です。女性は男性に個人としての理解・共感を求めて話をしているのに、自らが率先して“世間”という大きな後ろ盾を以て相手の存在を否定するのは如何なものでしょうか? まるで「自分の考えや主張が無い」と言っているのと同じことですし、小物感が丸出しです。そんな自分の小ささを棚に上げて、「俺が世間並みに教育してやってんだ」等と能天気にうっとりしていたら、もう手に負えません。これまた、“DV男”の素質ありです。その女性が貴方に属す筋合いは無いですし(たとえ貴方の彼女・恋人になったとしても)、若しも「俺が正しいんだから、正しい方向に導いてやる。それがこいつの将来の為だ」なんて思っていたら、それは完全にファシズムです。「私、間違っていた! 本当に有難う」なんて言われるのをうっとりと想像しているかもしれませんが、はっきり言って無いですよ、そんな未来。モテを目的とした場合のコミュニケーションで最も大切なことは、相手を嫌な気分にさせないことと、相手を知りたいという気持ちを態度に出すことです。貴方が「理解してもらった上で受け入れられたい」と願っているのと同じように、相手もまた「自分を理解してもらいたい」「受け入れられたい」と思っています。なのに、多くの男性は自分の話を聞いてもらいたがるばかりで、相手のことはまるで考えていない。だからこそ、相手の話を聞くこと。褒めてもらうのではなく、褒めてあげることができればモテることなんて簡単です。人は、自分に好意を持っている人には、自然に好意を抱くものです。先ずは、女性に引かれたり気持ち悪がられたりする要素を排除し、好感を持たれる振る舞いを学ぶことが、モテへの近道です。


キャプチャ  2016年10月号掲載

スポンサーサイト

テーマ : モテる男の要素とは?
ジャンル : 恋愛

轮廓

George Clooney

Author:George Clooney

最新文章
档案
分类
计数器
排名

FC2Blog Ranking

广告
搜索
RSS链接
链接
QR码
QR