【Global Economy】(06) 竹森俊平の世界潮流:アメリカ大統領選、自由貿易に影

1ヵ月後の11月8日に迫ったアメリカ大統領選。民主党候補のヒラリー・クリントン前国務長官と共和党候補のドナルド・トランプ氏が、大詰めの戦いを繰り広げている。国際経済学者で慶應義塾大学の竹森俊平教授が、選挙戦から浮かび上がるアメリカ社会の姿と、経済への影響を解説する。

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今や、『Microsoft』・『Google』・『Apple』といったアメリカの企業は、世界の人々の生活を支配していると言っていい。それを可能にしたのは、ビジネスを生んだ天才の力だけではない。アメリカで成功する事業がそのまま世界でも通用するように、現在のグローバル経済は構築されている。だから、アメリカの企業は初めから世界市場への展開を想定し、規模の経済を生かした巨大投資ができる。アメリカは、国際的な経済取引の安全性を軍事面で支えたり、自国市場を輸入に開放したりと、世界経済のリーダーとして“犠牲”を払っている。だが、見返りは十分に得ている。アメリカは、今後も世界のリーダーを続けられるか。大統領選の展開を見ると不安になる。トランプ氏は、「メキシコからの輸入に関税をかけてアメリカにビジネスを呼び戻す」、更に「メキシコ政府の負担で国境に壁を設けて移民を止める」――といった政策を目玉に掲げる。しかし、アメリカが勝手に輸入関税をかければ、世界の貿易ルールに重大な混乱を齎す。それでアメリカにビジネスを呼び戻せるかどうかも疑わしい。植民地でもないメキシコが、アメリカの言いなりになって“壁”の費用を出す訳がない。トランプ氏は無知を曝け出しているのだが、無知を恥じて勉強する代わりに、「知識を持った専門家がアメリカを駄目にしている」という論理を振り回す。それが彼の一番の問題だ。

しかし、白人・高齢者・低学歴の国民層には、却って受けるのだ。これほどアメリカ社会の分裂を深刻にした大統領候補はいない。“トランプ大統領誕生”は、世界秩序に対する最大の脅威だ。幸い、先月26日の大統領選第1回テレビ討論会で、クリントン氏はディべート術を駆使し、“女性蔑視”や“税金払わず”といったトランプ氏の人格上の問題を露呈させた。それでクリントン氏はいくらか優位に立った。但し、クリントン氏が“トランプ大統領”を阻止できても、問題は終わらない。真の問題は、本来、核ミサイルのボタンを押す地位に就くべきではない人物が、何故、あと少しでそうなる場所まで上り詰めたのかということだ。そこにアメリカの病がある。「アメリカ国民の不満が今回の選挙を動かしている」と言われる。しかし、アメリカ経済は、政治が安定している日本と比べても遥かに良好で、更に改善しつつある。不満の原因は“経済”ではなく、何も決められないアメリカの“政治”だろう。“行政”は大統領が担当するが、行政を進める為に不可欠な“立法”は議会が担当するというのが、アメリカの分権型の政治体制だ。この仕組みでは、現在のように“議会”は上・下院共に共和党が支配し、“大統領”は民主党という“捻れ”が生じた場合、政治が麻痺する可能性が高い。現に、オバマ政権の出した提案の多くが議会に葬り去られた。ビル・クリントン大統領時代にギングリッチ氏が下院議長を務めていた時以来、共和党は民主党出身の大統領に対し、徹底した審議拒否で行政を麻痺状態に追い込み、国民の政治不満を意図的に誘う戦略を続けている。不満が高まれば、国民は政治に変化を求める。それで民主党大統領を引きずり落とす計略だ。「最近のアメリカ政治は国益優先だ」と言われるが、実際には国益などどうでもよく、党派の利益ばかりが大切にされる。

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共和党は、『連邦準備制度理事会(FRB)』に対しても批判的だ。トランプ氏も最近、「FRBのイエレン議長はオバマ大統領の為に働いている」と述べている。批判する理由は簡単だ。民主党出身の大統領に対して、共和党は審議拒否を連発して、行動の自由を奪える。ところが、FRBは議会の承認無しに金融政策を決められるから、勝手に金利を下げ、景気を刺激できる。共和党には、これが困る。だから、危機への素早い政策対応の必要性を無視し、金利変更にも議会の承認が必要となる法律の導入を考えている。日本にとって、アメリカ大統領選の結果は、『環太平洋経済連携協定(TPP)』の成立を左右する直接的な意味がある。両候補ともTPPには反対だ。「クリントン氏は何れ賛成に回る」という観測もあるが、果たしてどうか。クリントン氏には、民主党の予備選を激しく戦ったバーニー・サンダース氏の支持者を引き込めない弱みがある。しかも、「貿易についての立場をコロコロ変えてきた」という批判を受けている。“クリントン大統領”になっても、TPPについての立場は急に変え難い。決められない政治に、多くのアメリカ国民は怒りを募らせている。彼らは「“専門家”が政治を駄目にした」と考え、トランプ氏のような過激な候補を支持する。アメリカ国民全体は、自由貿易協定に反対ではない。世論調査では5割以上が賛成だ。それなのに今回、自由貿易支持の大統領候補がいないのは、政治の過激化のせいだ。大統領選の前には予備選がある。登録した党支持者だけに開かれた予備選は、怒れる人々の集会場になっている。怒りは“中国製品”にも向けられている。だから、自由貿易支持では予備選に勝てない。国内政治の歪みが、アメリカの世界リーダーとしての地位を揺るがし、国際経済まで不安定にしている。


竹森俊平(たけもり・しゅんぺい) 経済学者・慶應義塾大学経済学部教授。1956年、東京都生まれ。パリ大学留学(サンケイスカラシップ)。慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学研究科修了。同大学経済学部助手やロチェスター大学留学を経て現職。著書に『世界経済危機は終わった』(日本経済新聞出版社)・『欧州統合、ギリシャに死す』(講談社)等。


⦿読売新聞 2016年10月7日付掲載⦿

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