ファンを作る“快適性”、逃がす“おもてなし”――レンタカーのせいであわや遅刻、手続きを簡略化しない理由とは?

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テキサス州ダラスにあるフォートワース国際空港。今年8月中旬、オレゴン州の電子部品メーカーに籍を置くジョーバー・デービッド氏が空港に降り立った時、ダラス市内で開かれる会議の時間まで2時間を切っていた。2001年の同時多発テロで保安検査が強化されて以来、アメリカ国内の航空機の遅延は慢性化しており、この日の便も2時間遅れでの到着。市内までは車で30~40分あれば着くものの、アメリカの主要都市のどこにでも数時間で行けるダラス空港は、世界屈指の混雑空港だ。到着ロビーは客でごった返し、タクシーは簡単に掴まりそうにはなかった。それでも、デービッド氏に焦る気持ちは全く無かった。アメリカ最大手のレンタカー会社『ザハーツコーポレーション』(フロリダ州)のレンタカーを予約していたからだ。シャトルカーで場外にあるレンタカーの受付センターに行くと、どの会社のブースの前にも大勢の人が並んでいる。通常なら、ここから①予約した会社のブースの前に並ぶ②氏名を告げて予約を確認③所定の手続き…が必要だ。所定の手続きでは、少なくても④契約内容の確認⑤保険内容の確認⑥免許証による本人確認⑦契約書へのサイン…が欠かせず、待ち時間を含めると、車を借りるまで1時間以上かかってもおかしくない。ところが、デービッド氏はブースを素通りし、他の客のようにレンタカー事務所にも寄ることも無く、駐車場脇の電光掲示板で自分の名前と駐車場番号を確認した。指定された駐車スペースに行くと、車には既に鍵が付けてある。デービッド氏はエンジンをかけ、専用ゲートで係員に免許証を見せ、二言三言話すと駐車場を出た。要求されたのは、一般的な手順7つの内の⑥のみで、その間、僅か数分。デービッド氏が余裕を持って会議場に到着したのは言うまでもない。

「今の仕事を続けている間は、ハーツからは離れたくても離れられないね」。デービッド氏は、こう笑う。「成熟市場で成長するには、リピーターを増やすことが欠かせないが、新しいサービスや商品が続々登場する今は、当たり前の囲い込みを実践するだけでは不十分。消費者を自社の商品・サービスに依存させるくらいの気持ちが必要」──。これが、本特集での本誌の提言だ。ハーツは、まさにその手本になる企業と言っていい。1918年にウォルター・L・ジェイコブズ氏が設立。1世紀に亘りアメリカのレンタカー市場を牽引し、今では売上高約108億ドル(約1兆800億円・2013年度)・年間3000万件以上の利用実績を持つ。顧客を吸引し依存させる最大の武器である超簡易型レンタルシステム『ハーツGoldプラスリワーズ』は、1980年代から開発を続けてきた。「『レンタカーサービスで顧客が本当に喜ぶことは何か』を突き詰めた結果、車種の拡充でも低料金化でも丁寧な接客でもなく、『貸出手続きの簡素化以外に無い』という結論に辿り着いた」。ハーツと共に『ハーツGoldプラスリワーズ』の構築に携わってきたコンサルティング会社『ブライアリーアンドパートナーズ』(テキサス州)のジム・スターム社長は、こう説明する。1989年に原型が出来上がったシステムの利便性は極めて高く、氏名・生年月日・運転免許証・クレジットカード番号の4つの情報を登録した25歳以上の顧客であれば、誰でも、世界147ヵ国・約8100ヵ所にある全営業所で“オンラインチェックサービス”を活用でき、マイカー同然に来る車を借りられる(鍵の取り付けサービスは一部店舗のみ)。予約も簡単で、原則として貸出・返却営業所と、貸出・返却日時をインターネット上で打ち込むだけ。申請すれば、返却の際に自分でガソリンを満タン返しにする必要も無い。「失礼ながら先日、日本出張で日本のレンタカーを利用し、自分たちのサービスの競争力を実感したよ」。ハーツ関係者のA氏はこう話す。A氏が利用したのは、ある地方空港のレンタカーだ。貸出の際、アメリカの一般レンタカー会社並みの手続きが必要なことは覚悟していたが、現実は想像を超えた。

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とりわけ驚いたのが、空港から場外営業所までの移動だ。アメリカではひっきりなしにシャトルカーが往復するが、同じ便で到着した乗客が全員揃ってから出発するという。この日は数人が荷物の受け取りに手間取り、早々とシャトルカーに乗り込んだA氏は、ここだけで30分近く待たされてしまう。更に出発寸前、車両の周りを回り、傷の有無を確認する作業にも戸惑った。結局、飛行機が定刻通り着陸したにも関わらず、A氏は商談に遅刻しかけたという。ハーツと一般的な日本のレンタカーの手続きを比較したのが上図だ(空港併設店舗の場合)。「顧客が何れを選ぶかは言うまでもない」と『ブライアリーアンドパートナーズ』のスターム社長は自信を見せる。日本のレンタカー市場は今後、アメリカ以上に競争が激しくなる。『矢野経済研究所』によると、2014年の市場規模は前年比4.1%増の6350億円。堅調に成長しているように映るが、同じ期間、ライバルのカーシェアリング市場は同前年比45.3%増という急拡大を遂げている(市場規模は154億円)。代替手段が急成長している上、人口減による市場の縮小も避けられない。そう考えれば、“顧客が離れたくても離れられない工夫”を凝らさねばならないのは、寧ろ日本のレンタカー会社のほうだ。何故、ハーツのように“顧客が本当に喜ぶ工夫”をして、貪欲に囲い込む動きがあまり目立たないのか。その理由は3つ、考えられる。

①日本の法制度上、手続きの簡略化が不可能
②技術的に困難
③顧客が丁寧な手続きを望んでいると判断している

先ず、①については国土交通省が明確に否定する。「道路運送法等といった関連法に、レンタカーの手続き簡素化を妨げる件は無い。あるなら、圧倒的に貸出手続きが簡便なカーシェアビジネスが誕生していない」(国土交通省自動車局旅客課地域交通室)。②はどうか。今回、ハーツ自身は詳細を明かさなかったが、約30年の歴史を持つシステムが技術的に優れているのは事実だろう。例えば、他社がハーツ式手続きを形だけ導入すると、様々なリスクが発生する。偽造(盗難)したクレジットカードと免許証を登録され、車を盗まれる恐れもあるし、犯罪に悪用される可能性もゼロではない。そうした事態を防ぐ為、ハーツは何らかの高度な仕組みを構築している筈だ。とはいえ、基本は航空会社の“オンラインチェックイン”と同じであり、全てのハーツ式手続きを直ちに導入できなくても、一部手続きの簡素化は直ぐにでも可能だ。契約や保険内容の確認はインターネットで完結させればいい。車体の状態を時系列で映像に記録しておけば、貸出の際に一々確認せずとも、どの利用者が傷を付けたか証明できる。そうなると、日本のレンタカー会社の多くが手続きを簡素化しない理由は③しかない。日本のレンタカー会社は、丁寧な手続きを“おもてなし”と位置付けているのだ。実際、『全国レンタカー協会』はこう話す。「お客様満足度を高めていく上で、契約や保証内容の説明や乗車前の車両状態の確認は、大切なサービスと考えている」。だが、『ブライアリーアンドパートナーズジャパン』の村上勝利社長は、こうした姿勢に疑問を呈する。「消費者のリテラシー向上・社会の変化・技術革新で、嘗てのおもてなしが“実は顧客がもう望んでいないサービス”になっている例は多い。そんな工夫を良かれと思って続けることは、今後、成長の足枷になりかねない」。

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「お仕着せのおもてなしは却って顧客を遠ざける」。ハーツの本拠地であるフロリダから約1万2000km、日本の石川県加賀市にある『山代温泉』にも、そう考える経営者がいる。1912年創業の老舗旅館『宝生亭』の女将である帽子山麻衣氏(右写真中央)だ。宝生亭は2000年代、前オーナーの時代に経営危機に陥っており、2009年、石川県内で複数の温泉旅館を経営する『宝仙閣グループ』に買収された。同グループ社長の帽子山定雄氏が経営再建に送り込んだのが、次男で麻衣氏の夫である宗氏。その後、宗氏と麻衣氏は業績を急回復させるが、その起爆剤となったのが“温泉旅館のおもてなしの常識”の否定だ。具体的には、一般の温泉旅館には無い“気楽さ”を打ち出した。今の宝生亭には、チェックイン直後の着物姿での女将による客室回りが無い。麻衣氏は大半が洋服姿で、挨拶の代わりに宴席に参加。宴席にいる全員にお酌をし、酒を酌み交わし、時には一緒に歌って踊る。仲良くなった客には敬語を使わず、自ら名付けたニックネームで呼ぶことも屡々だ。一般的な老舗温泉旅館の経営者が知れば眉を顰めるかもしれないが、常連客は逆。「この気楽さ・遠慮の無さがいい。実家に帰ったかのような心地良さで、客に緊張を強いる高級旅館は一生に一度行けば十分だけど、ここはつい、年に4~5回は来てしまう」。取材当日、石川県七尾市から訪れた70代男性はこう話す。リピート率は約9割だ。宝生亭に限らず、“伝統的おもてなしの放棄”はここ数年、経営難に瀕した老舗温泉旅館が復活する際の“勝利の方程式”になっている。放棄され喜ばれるおもてなしの代表は、下足番制度・部屋への案内・お茶入れ・夕食の間の布団敷きだという。何れも温泉旅館では常識となっているサービスだが、下足番による靴の預かりは顧客の自由な外出を妨げるし、仲居による部屋への案内を煩わしく思う人もいるし、不在の間に第三者が部屋に入ることを嫌がる顧客も増えてきた。

時代が変わる中で、こうした“客が望んでいない可能性があるおもてなし”は、旅館業に限らず増える傾向にある。東京都中央区にある居酒屋『ごち惣家』は、顧客とふんだんに会話しながら自慢の料理を提供する手厚いもてなしが持ち味だが、濃密な接客が苦手と見える顧客には極力話しかけない。「お客様とのだんらんは居酒屋に欠かせない大切なおもてなしだと思うが、価値観が多様化した今の時代は、そう思わないお客様もいる。そうした価値観の違う方にも居心地のいい空間を提供し、また利用して頂きたい」。布施知浩社長は、こう話す。とはいえ、一見の客の場合、その顧客が賑やかな接客が好きか嫌いかどう判断するのか。「おしぼりを出す時に、『冷たい・熱い・人肌のどれにしましょう?』って言うんです。ここで“人肌”というフレーズに反応したら“ノリのいいお客様”と判断し、積極的に話しかける。あまり反応が無い場合は、そのまま静かに飲んで頂く。この方法が一番いい」(布施社長)。自社のサービスの有効性を盲信する大企業を横目に、小さな先進企業の中では、小さな工夫を積み重ね、自分たちのおもてなしが時代に合っているか、本当に顧客の囲い込みに繋がっているか、見直しを進める動きが広がりつつある。「自社の商品・サービスに依存させるくらいの気持ちで、顧客の囲い込みに取り組む」。そう口で言うのは簡単だが、現実にそこまで顧客に忠誠心を抱かせるのは容易ではない。人間は、ドーパミン等の脳内物質が分泌されることで、快楽を感じる。そして脳は、自分がどんな行動をした時に脳内物質が分泌されたか学習し、自然と同じ行為を繰り返したくなる。専門家の意見を基に極めて簡単に説明すると、これが所謂“依存”だが、薬物やギャンブルなら兎も角、企業のサービスや商品で同じ状況を作り出すには、競合他社が驚く相当大胆な戦略を導入することが欠かせない。業界では常識とされる“おもてなし”を見直し、顧客の快適性を限界まで追求する──。それは、顧客を自社に依存させ、今の時代に本当に顧客を囲い込む為の第一歩に過ぎない。 (取材・文/本誌 西雄大・須永太一朗・河野祥平)


キャプチャ  2016年10月10日号掲載

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