植松聖は安倍政権が生み出した悪魔なのか――相模原『津久井やまゆり園』19人殺害事件で判明した介護業界を取り巻く地獄の環境

先月26日未明、神奈川県相模原市の障害者施設で起こった19人殺害事件。容疑者の植松聖は、単なる狂人ではない。事件の裏側には、介護業界の構造的な問題が存在する。介護業界の実態に詳しいノンフィクションライターの中村淳彦氏が、事件の真相を解説する。

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神奈川県相模原市緑区にある障害者福祉施設『津久井やまゆり園』で、元介護職員の植松聖容疑者(26)は、何とたった1人で入居者45人を刃物で次々と殺傷。内、19名が死亡するという犯罪史に残る大量殺戮事件を起こした。施設から警察への通報は、先月26日午前2時40分頃。午前3時、植松容疑者は自ら相模原署に出頭する。大量殺戮後、植松容疑者は自身のツイッターに自撮り写真を投稿している。黒いスーツに赤いネクタイ、まるで魔物に憑りつかれたような引きつった表情でカメラを見つめて、無理に笑みを溢す。宛らホラー映画のような恐い写真だった。そして、「世界が平和になりますように。beautiful Japan!!!!!!」と、明るい未来を願うポジティブな一文が添えられている。この不気味な自撮りの直前、植松容疑者は夜中に施設のガラスを破って侵入し、刃物を片手に急所の首を狙って、次々と障害者たちを殺傷した。拳銃使用と比べて、刃物での刺殺は加害者に強い意志が無いと、とても敢行できない。次々と殺意を持って45人の急所を刺すとは、強固な意志が無いととても無理だろう。翌27日には大々的に報道され、事件の背景が明らかになった。植松容疑者は今年2月14日、衆議院議長公邸に「私の目標は重度障害者が安楽死できる世界」「私は障害者総勢470名を抹殺することができる」と記した犯行予告ともとれる手紙を持参している。同月19日には施設が通報したことで、精神病院に措置入院され、自主退職している。その半年後、衆議院議長に予告した大量殺戮を本当に実行してしまった。計画的で強い意志のある犯行だったと言える。逮捕後、植松容疑者の大麻使用や刺青が発覚し、“ジャンキーの精神異常者”と大騒ぎとなった。しかし、衆議院議長へ宛てた手紙は冷静で理路整然としている。情報番組のコメンテーターたちは、大麻使用や「障害者を抹殺する」等の過剰な言葉に反応し、「平和な日本でこんなことが起こるとは…」と絶句し、必死にキチガイ扱いをしていた。

しかし、植松容疑者の犯行は、介護に関わる福祉関係者から眺めれば、完全に想像の範囲内だ。彼は、どこにでもいる一般的な介護職員どころか、どこの施設でも採用したがる優秀な人材と言える。実際に友人は多く、近隣や家族からの評判は決して悪くない好青年だった。津久井やまゆり園事件は、介護職によるテロだ。植松容疑者は、国の破綻や矛盾の最前線である介護福祉に関わってしまったことで、取り返しのつかない悲惨な事件を起こしてしまったと言える。彼は衆議院議長への手紙に記し、友人たちに繰り返し漏らしたように、“重度障害者を安楽死させる社会”を作りたかったのだ。その思想を信じ、自分の人生を賭けて実行してしまったのである。事件が報道された朝、筆者の元に、同じ神奈川県でグループホームを経営する友人から電話があった。「遂に、介護職の本格的なテロが起こりましたね。(2014年11~12月にかけて発生した)川崎のアミーユ事件は、予兆だったのでしょう。障害者施設だったのは単なる偶然で、規模の大小はわかりませんが、何れは高齢者(施設)でもまた起こるでしょう。介護福祉は本当に欺瞞塗れの異常な世界、平穏に済む訳がないのです。今までは、日本人独特の優しさや性善説でギリギリ成り立っていただけ」。これが、介護に関わる人間のリアルな声なのだ。植松容疑者の犯行は自己中心的で残忍極まりなく、凄惨な結果だけを見れば精神異常でないと説明つかないが、その背景には高齢者・障害者施設の荒れ果てた現実がある。先ず、決して報道されることはないが、介護施設は家族が続々と高齢者や障害者を“捨てる”場所となっている。特に高齢者施設に顕著だが、家族たちが「(親に)早く死んでほしい」と思っているのは日常茶飯事だ。低所得者向けの“サ高住(サービス付き高齢者住宅)やお泊りデイになると、過半数どころか7割くらいがそんな意識で親を預けている。そして、低賃金の重労働を強いられる介護職には、精神疾患が続出している。家族が放棄し、捨てられた高齢者や障害者を、家族の代わりに低賃金で介護をして自分自身が破壊される――。介護施設では、その負の連鎖が繰り返されているのだ。介護や福祉に関わる者の周辺には前向きでポエム的な言葉が溢れているが、それは最終的にババを引く介護職たちに現実を見させず、兎に角、現場のモチベーションを上げさせようとしているだけに過ぎない。綺麗な言葉に騙されない者から見切りをつけて、辞めていく。荒れた現実の中で、もう生産現場には戻ることはない重度障害者や要介護高齢者に対して、「この人たちはどうして生きているの?」という疑問は最早、介護現場の最前線では珍しくないものなのだ。

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植松容疑者はずっと、小学校の教員を目指していた。東京都内の下位大学に進学して教員免許は取得したが、採用試験で落ちている。ブラック企業に就職するが、直ぐに退職し、「社会貢献をしたい」と津久井やまゆり園に入職している。介護の仕事が「やりがいがある」というのは、国や経営側が発信している嘘である。介護職は、健康ならば誰でもできる仕事であって、現場の職員は単なる“部品”に過ぎない。同じことを繰り返す退屈な日常を送る中で、社会に何か功績を残したかった自己顕示欲の強い植松容疑者は、本当に社会が明るくなることを願って“障害者が安楽死できる社会”を目指したのではないだろうか。介護現場は常態的な人手不足だ。介護職たちの多くは植松と同じく、夢破れたり、失業したりして介護職に漂流した敗残者である。つまり、介護現場とは、家族に捨てられた者たちのいる“姥捨て山”に敗残者たちが押し込められた場所なのだ。26歳の若者が、閉塞した敗残者の群れから抜ける為に大麻に走り、背中に刺青を彫り、最終的にはテロを起こす――。そんな極端な思想に共感はできないまでも、介護現場の絶望を知っていると、狂気が芽生えてしまうことは理解できてしまうのだ。事件から1週間、筆者は大量殺戮が繰り広げられた津久井やまゆり園に向かった。東京都心から50kmほど。相模湖東インターチェンジを降りると、山と湖に囲まれた東京近郊とは思えない田舎が広がる。草木の勾いに虫の鳴き声、津久井やまゆり園は相模湖と津久井湖を結ぶ相模川沿いにあった。神奈川県津久井町は、人口2万8000人の小さな町だ。2006年に、隣接する相模原市に編入された。べッドタウンである従来の相模原市と津久井町は、街の風景が全く異なる。津久井町は、ダム建設地に指定されるような典型的な過疎地だ。津久井やまゆり園は、コンビニすら無い小さな集落の中にある。ポツリポツリと並ぶ民家を抜けると、突然、広大な敷地にある大きな建物が現れる。立派な施設だ。地元の代表的な建物と言える。玄関口には黄色い非常線が張られて、警察官が立ち、献花台が置かれている。誰も通行人がいない過疎地で、施設前の1ヵ所だけ人だかりができて、賑やかだった。

事件から1週間が経っていたが、マスコミは大勢いた。献花する人が現れると、一斉にカメラが囲む。施設は、150人の利用者と100人の職員が働く大規模なものだ。非常線の向こうから耳を澄ましても中の物音は聞こえなかったが、生存者たちと職員は何とか、殺戮が起こった場所を避けながら日常生活を送っているという。植松容疑者は評判が良かった。若くて明るい職員で、コミュニケーション能力は高かったようだ。利用者や家族に人気があり、信頼されていた。事件後、暫くアカウントが残っていた植松容疑者のツイッターを確認したところ、地元の高校・大学に通っていた時代には友人が多かったらしく、まさに“リア充”といった雰囲気を漂わせていた。失業者が集められる介護職で、彼のようなプライベートが充実する職員は極めて少ない。小学校教師になるという夢を断念して、「社会貢献がしたい」と一念発起し、2012年12月に入職した植松容疑者。一生懸命働いて、施設ではそれなりに信頼された。様子がおかしくなったのは、入職してから2年が経った昨年辺りのようだ。介護職をしながら刺青を入れ、憧れの彫師に弟子入りしている。学生時代から合法ドラッグには手を染めていたが、その頃から意識が朦朧とするほど大麻を吸うようになったという。2015年という年は、植松容疑者が「津久井やまゆり園の介護職では自己実現できない」と悟った時期と言える。筆者は、施設から歩いて15分ほど近くにある植松容疑者の自宅に向かった。壮大な緑に圧倒される大洞山の麓を開拓し、斜面に数軒の住宅が並んでいる。自宅には黄色い非常線が張られており、直ぐに植松容疑者の自宅とわかった。軽自動車が辛うじて停められる程度の駐車場、そして2階建ての家は小さかった。小学校の教師である父親と、美大出身で漫画家の母親が結婚し、植松容疑者が生まれて直ぐに購入したという建売住宅。過疎地の集落の更に外れにあり、夜間はとても1人では歩けないような地域だ。いくら歩いても商店どころか自動販売機の1台すら無く、実に寂しい場所だった。2013年の冬、植松容疑者は刺青を入れたことが原因で両親に見放され、家庭は崩壊。両親は住宅を購入して街へと引っ越し、植松容疑者はたった1人で暮らしていたという。介護職は基本的に不定期勤務で、職員はシフトに従って出勤する。「介護職では自己実現できない」と悟った植松容疑者は、大麻を吸うようになり、不満と焦りを抱えながら斜面に立つ家を出て、山道のような坂道を歩き、津久井やまゆり園に出勤したのだろうか。そして、毎日代わり映えのしない介護をして、虫の声しか聞こえない寂しい自宅に帰宅する――。閉塞した日常。「自分は、こんなつまらない人間じゃない。もっと未来がある筈だ」と彫師に憧れ、刺青を入れて、自分に刺激を与えて奮起した。聳え立つような大洞山を眺めながら、明るい将来を夢見て、自己実現できない自分に焦り、「ヒトラーの思想が降りてきた」のか。そして、自分の力で社会を良くする為に、“重度障害者を安楽死させる社会”を夢見てしまった。

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今回の事件における最大の不幸は、植松容疑者が津久井やまゆり園を退職勧告で解雇されたことだ。事件以来、「(同施設は)非常勤の職員を最低賃金に近い金額で働かせている」とインターネット上を中心に批判の声が上がっているが、実際は労働法を遵守しており、労働環境は決して悪くない職場だったようだ。介護福祉系は全国的にブラック施設だらけだが、津久井やまゆり園はコンプライアンスを遵守する労働環境の良い施設だった。更に、今年2月に植松容疑者が衆議院議長に手紙を渡した時、施設は相模原市に通報して、植松容疑者を精神病院に措置入院させている。人手不足が常態化する業種で、被害が起こる前に危険を予測して隔離。退院後は現場復帰させずに自主退職を促して、“危険分子”を現場から切っている。まさか、半年後に深夜に乗り込んで事件を起こすとは誰も思わなかっただろう。植松容疑者の危険思想を事件前に察知した同施設は、人手不足の業種では中々踏み切れない完璧な対応をしたと言える。何度でも言うが、植松容疑者の不幸は自宅から近く、ホワイトな労働環境の良い介護施設に勤めてしまったことにある。個人的な経験だが、筆者は7年間介護に関わり、絶望的な労働環境で自殺を考えるほど追い詰められた経験がある。どこを眺めても地獄で、夢も希望も無く、自分自身が壊れてしまった。だからこそ、姥捨て山で家族の代わりに人生を棒に振る介護という地獄ときっぱりと縁を切り、抜け出せたのだ。植松容疑者はとんでもない事態に陥る前に、心からウンザリして介護から逃げ出すべきだった。介護という矛盾と闇塗れの世界に関わり、段々と頭が狂っているのに、職場がホワイトだったせいで、自分自身と障害者についての思考を深めてしまった。「重度障害者を安楽死させる」等という狂った社会貢献が浮かぶ前に、多くの介護施設で被害者が続出しているように、精神疾患になって壊れてしまえばよかったのだ。重度障害者を安楽死させる思考は、報道では「狂っている」「優生思想」と批判されまくっているが、社会保障の縮小を着々と進めている安倍政権の考えと極めて近い。政府の中枢にいる財務省の麻生太郎大臣は、昨年6月に「(高齢者は)いつまで生きているつもりだ」と発言している。どうやら麻生大臣は、「高齢者や障害者には早く死んでもらって、無駄な社会保障費を抑えたい」という考えをお持ちのようだ。人の命よりコストダウン、全て自己責任――。それは安倍政権が徹底していることである。植松容疑者は、安倍政権下で青春時代を送った。現在の日本から生まれるべくして生まれたモンスターなのかもしれない。


キャプチャ  2016年10月号掲載

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