【「佳く生きる」為の処方箋】(22) その胃痛、実は心疾患?

「心臓はどこにありますか?」。そう聞かれて、「左胸」と答える人は多いでしょう。確かに、心臓の下部(心尖部)は胸の左寄りにありますが、心臓全体を見ると胸のほぼ中央、鳩尾の上の辺りに位置しています。ただ、鳩尾というと、大半の方は胃を思い浮かべるでしょう。だから、鳩尾が痛むと反射的に「胃が痛い」と思ってしまう。ところが、「胃の痛みだと思っていたら、実は狭心症や心筋梗塞だった」ということも少なくないのです。例えば、こんな例があります。「胃痛が辛い」と内科に行ったら、内視鏡の検査を受けることになり、『ブスコパン』という薬を注射された。いざ検査が始まると、急に脈拍が速くなり、あろうことか心筋梗塞を発症。慌てて救急蘇生で一命をとりとめた…。ブスコパンは胃の蠕動運動を抑える薬ですが、頻脈の副作用があるのです。本当は胃ではなく、心臓が悪いところに頻脈になる注射を打たれ、心筋梗塞の発作にまで発展した訳です。一歩間違えたら突然死を起こしたかもしれない、そんな怖い事例です。また、「吐血の原因が実は心臓だった」というケースもあります。ある患者さんは突然、吐血して、近くの病院の消化器内科に駆け込みました。元々、胃が弱かった上に吐血ですから、ご本人も医師も「胃に問題がある」と考え、直ぐさま内視鏡検査となりました。ところが、検査後に血圧が急激に低下し、心筋梗塞を起こしていることがわかったのです。心筋梗塞になると静脈が鬱血しますから、元から胃の弱い方だと胃粘膜から出血することがあります。この患者さんは急遽、私たちのところに運ばれ、冠動脈バイパス手術を受けました。かなり重症でしたが、手術後は元気になって社会復帰できたのが何よりでした。

心筋梗塞は、冠動脈が完全に詰まって、心臓への血流が途絶え、心筋の一部が壊死する病気です。耐え難い痛みに襲われ、呼吸困難や冷や汗、「死ぬかもしれない」といった恐怖感を伴うことが多いのですが、中には全く症状の無い方もいます。これは『無症候性心筋虚血』と呼ばれるもので、糖尿病や高齢の方に起こり易く、突然死に至ることも少なくない。この無症候性心筋虚血が起こった結果、胃で出血し、吐血という形で症状が現れることもあるのです。もう1つ、胃の病気と間違え易い症状に食欲不振があります。心臓弁膜症等で心臓の働きが弱まると、静脈が鬱血して膨らみ、胃が圧迫されて満腹感が早く来るのです。更に、病状が進んで慢性心不全の状態に陥ると、胃・肝臓・腸等の腹部の臓器への血流が不十分になり、栄養が吸収され難くなります。『吸収不良症候群』と呼ばれる状態で、体重もみるみる減っていきます。このような異常は、心臓の精密検査をすれば直ぐにわかるのですが、それをしないまま胃や肝臓の病気だと誤診されている方もいるのではないかと思います。実は、私の父も肝臓病と誤診され、いくら治療をしても症状が改善せず、辛い思いをした時期がありました。やっと『心臓弁膜症』という正しい診断が付いて、手術を受けた後は見違えるように元気になったものです。痛みにしても出血や食欲不振にしても、医師の側に「若しかしたら心臓かもしれない」という発想があれば、心電図だけでも調べる筈です。そうすれば、原因が心臓にあることは直ぐにわかります。思い込みを捨て、病気の可能性を1つずつ消していく。誤診による悲劇を避ける為には、その手続きを省いてはいけないのです。皆さんも、“胃ではなくて心臓”という例があることを知っておいて損はありません。


天野篤(あまの・あつし) 心臓外科医・『順天堂医院』院長。1955年、埼玉県生まれ。日本大学医学部卒。『亀田総合病院』『新東京病院』等を経て、2002年に順天堂大学医学部心臓血管外科教授に就任。2012年2月18日に天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀。2016年4月より現職。著書に『一途一心、命をつなぐ』(飛鳥新社)・『この道を生きる、心臓外科ひとすじ』(NHK出版新書)等。


キャプチャ  2016年10月13日号掲載
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